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不確実性と営業レバレッジ

梶原武久

最近、過去最大の赤字を計上し経営危機に陥った企業が、その後、V字回復により過去最高益を更新したといった記事がよく目につく。このように利益額が大きく変動する一因は、売上高にあるが、企業によっては、売上高の変動に伴い利益額が大きく変動する場合もあるし、あまり利益額に変動がみられない場合もある。このような違いが生み出されるのは、なぜであろうか。

売上高の変動に伴い利益額が大きく変動する現象は、営業レバレッジ(operating leverage)と呼ばれている。営業レバレッジの大きさには、企業の原価構造が重要な影響を及ぼす。原価には、操業度に比例して増減する変動費と、操業度に関わらず、一定額発生する固定費がある。原価構造とは、企業の総原価に占める変動費と固定費の相対的な割合をいう。一般に、労働集約的な産業においては、総原価に占める変動費の割合が高く、逆に、自動化が進んだ資本集約的な産業においては、総原価に占める固定費の割合が高まる。

総原価に占める固定費の割合が大きくなると、営業レバレッジが強く働く。理由は、貢献利益(contribution margin)にある。貢献利益とは、売上高から変動費を差し引いたもので、固定費を回収し利益を生み出すことに貢献する利益概念として、その名が付けられている。貢献利益は、売上高が一単位増加したときの追加的な利益額の増大であるため、限界利益(marginal profit)とも呼ばれる。固定費が大きい企業では、相対的に変動費の割合が小さくなるため、貢献利益が大きい。したがって、固定費が一旦回収されれば、売上高の増加に伴い、利益額が著しく増大する。一方で、売上高が減少すると、利益額が急速に減少し、赤字に陥るという事態もしばしば起こってしまう。したがって、固定費の割合が大きい企業は、営業レバレッジが働くため、ハイリスクハイリターンの企業であるということができる。他方、固定費が小さい企業では、相対的に変動費の割合が高いため、貢献利益が小さくなる。そのため売上高が増加しても、利益額が急速に増加するということはないが、逆に、売上高が減少した場合の利益額の減少額も小さい。このように変動費の割合が高い企業は、営業レバレッジが効かないため、ローリスクローリターンの企業であると言える。以上の議論をふまえれば、近年、日本を代表するような企業において、利益額に大きな変動がみられる背景には、企業が将来の売上高の増加を見込んで投資を行うことで、固定費の割合が増加しているという事情がある。

近年、消費者ニーズの成熟化、グローバル競争の激化、製品ライフサイクルの短縮化などにより、製品やサービスに対する需要の不確実性が著しく高まっている。このような状況に直面し、企業はどのような原価構造を選択するのであろうか。この点、まず、企業が固定費の割合を低下させ、変動費の割合を高めるという見解がある。実務においても、「固定費の変動費化」の重要性がしばしば叫ばれ、アウトソーシングの推進や非正規社員の活用の取り組みが広まっている。このような企業行動には、一定の合理性がある。第1に、固定費の割合を低下させることによって、損益分岐点を低下させ利益を出しやすくすることができる。第2に、売上高の増減に原価が比例することで、売上高減少時の原価の抑制を図ることができる。第3に、リアルオプションの観点から、原価を固定費として、長年確定させるのではなく、一旦変動費化することで、その後の環境変化に応じた柔軟な原価構造の構築が可能となる。

一方で、全く別の主張を行う学術研究もある。米国企業の財務データを分析したある学術研究は、需要の不確実性が増加すると固定費の割合が高まることを発見している。著者らの説明によれば、総原価に占める固定費の割合を増加させることで、売上高が増加したときの機会原価を最小化することができるという。確かに、不確実性が高いということは、売上高が減少するだけではなく、増加する場合もある。売上高が増加した場合、固定費が高い企業は、スムーズに需要に対応できるであろう。一方、固定費が低い企業では、社内に十分な資源を有しておらず、増大する需要への対応について、他社に依存せざるを得ない。多くの日本企業では、固定費の変動費化の一環として物流業務を外部の物流企業にアウトソーシングしているが、近年の景気回復局面において、十分な物流サービスの確保に苦慮している。

このように不確実性の高まりと原価構造の選択の関係は複雑であるため、高度な経営判断を要す。景気回復の兆しが見えつつある中で、日本企業は原価構造に対してどのような選択を行うのであろうか。大変興味深い問題である。

Copyright © 2014, 梶原武久