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限定正社員

平野光俊

非正規の雇用の安定化とスキル形成を主眼として、正社員への転換の促進と転換後の雇用形態として「限定正社員」制度の導入推進に向けた政策論議が活発に行われるようになった。たとえば、2012年8月に公布された改正労働契約法では、同じ職場で5年を超えて勤務しているパートや契約社員が申し出れば、期限の定めのない雇用契約に切り替えることが義務づけられる。一方で、雇用の固定化ないし人員配置の硬直化を嫌う企業が、契約の切り替え(つまり正社員化)に慎重になるおそれもある。というのも、そもそも正社員と非正規の境界がはっきりしないからである。言い換えれば正社員とは何か。非正規とは何か。実は、雇用契約期間の有無、労働時間の長短、仕事内容などから両者を線引きするのは困難である。

久本(2010)は、正社員の意味を「処遇」と「働き方」から検討している。正社員の処遇の特質は、長期安定雇用、査定付き定期昇給賃金、昇進機会の提供である。働き方は、職務範囲の不明確性・包括性(それゆえ企業のその時々の要望に即して働くことが当然視される)、残業や配置転換、転勤などの拘束性において特徴的である。

鶴(2011)は、「いわゆる正社員」を定義する要素として、(1)将来の職務が限定されていない、つまり突発的な残業、転勤、職種の転換等を含めなんでも受け入れることを前提とした無限定社員である、(2)期間の定めのない契約を結んでいる、(3)解雇権濫用法理が適用される、といった3つをあげる。

佐藤(2012)は「いわゆる正社員」を識別する基準として、その包括性・無限定性に着目して、活用業務無限定、配属先の事業所・勤務地無限定、残業がある、フルタイム勤務の4つをあげる。つまり、転居や職種転換を伴う人事異動や突発的に発生する残業など組織都合の拘束性を無限定に受容するが、一方で定年まで雇用が保障されているのが「いわゆる正社員」である。したがって「限定正社員」とは、上記4つの基準のいずれか一つないし複数を満たさない雇用区分であって、職種限定、労働時間限定(短時間勤務、フルタイム勤務だが残業なし)、勤務地限定などからなる。「限定正社員」制度を導入し正社員の雇用区分を多元化しようとする試みは、正社員と非正規の間の緩衝として、非正規の正社員転換機会の拡大策として、正社員のワーク・ライフ・バランスへの対応として、期待されるところ大である。

しかし一方で、正社員の多元化は決して新しい現象ではない。振り返れば1970年代後半あるいは80年代に「総合職」と「一般職」というコース別管理として行われていた。両者はいずれも雇用期間に定めのない正社員であるが、勤務地無限定の総合職には手厚い育成投資が施され、一般職は転居転勤を免れるものの補助的業務しか与えられなかった。そして「総合職」は男性、一般職は女性という形で、女性を一般職の雇用区分に閉じ込めて、男女の階層性を固定化してしまっていた。その後、非正規の基幹化や派遣社員による代替が進み、一般職は少なくなってきたわけだが、見方を変えると、現在進行中の「限定正社員」制度は、一般職の復活につながるかもしれないという問題を孕んでいる。つまり以前の総合職と一般職のコース別管理が、「いわゆる正社員」と「限定正社員」という形に代わって復活し、男性と女性の働き方の固定化につながりかねない。ワーク・ライフ・バランスや女性活躍推進の観点からも「いわゆる正社員」と「限定正社員」は固定的な雇用区分とはせず、転換可能な制度にしておくことが必要であろう。育児などのライフイベントに遭遇したいわゆる総合職がひととき「限定正社員」に転換し、育児に目途が立てばまた総合職に復帰するような柔軟な双方向の転換が望まれる。もちろんそのような転換制度を活用する対象は男女ともにである。

また「限定正社員」に対する雇用保障は「いわゆる正社員」ほどには強くない。勤務している事業所が閉鎖されたり、当該職種がなくなれば解雇される可能性もある。「限定正社員」として働く人には解雇の不安がつきまとうかもしれない。雇用区分間の転換ルールや「限定正社員」制度における解雇ルールのあり方を労使のコミュニケーションのもと綿密に検討することが重要である。

参考文献
佐藤博樹(2012)「正社員の無限定化と非正社員の限定化−人事管理の新しい課題−」『日本労務学会第42回全国大会研究報告論集』、201-208.

鶴光太郎(2011)「非正規雇用問題解決のための鳥瞰図−有期雇用改革に向けて−」RIETI Discussion Paper Series 11-J-049.

久本憲夫(2010)「正社員の意味と起源」『季刊 政策・経営研究』2号、19-40.

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