CSRの鍵概念:マテリアリティとステイクホルダー・エンゲージ

國部克彦

CSR(Corporate Social Responsibility)は今や日本企業の経営においても必須の事項となってきた。環境報告書を拡張してCSR報告書やサステナビリティ報告書を発行する企業も増加傾向にある。しかし、CSRとは何かという点について、日本企業が十分に合意しているとは思われない。日本では、CSRはコンプライアンスの類似概念としてとらえられる場合もあるが、CSRの発祥の地であるヨーロッパでは、CSRは「環境や社会に関する自主的活動」として定義されており、コンプライアンスを超える部分がCSRであることをまず認識する必要がある。

CSRが企業の自主的活動であるとすれば、その範囲をどのように決めるのかという問題が浮上する。自主的活動であるから企業が自由にして良いのであれば、これは厳密な意味での社会的責任とはならない。したがって、何をCSR活動として実施すべきかを決定する社会的に承認されたプロセスが必要となる。ステイクホルダーの意見を積極的に聴取するプロセスは、ステイクホルダー・エンゲージメントと呼ばれ、ヨーロッパを中心にCSR活動の正当性を担保するプロセスとして理解されている。ステイクホルダー・エンゲージメントを実施して、CSR活動を行うべき課題を整理することが、CSR活動の出発点となる。

次に、エンゲージメントを通じて洗い出した課題の重要性を分析することが必要となる。そのための基準はマテリアリティと呼ばれ、CSR事項の重要性を判断する指針を提供する。マテリアリティの程度は、当該事項がステイクホルダーの意思決定に影響を与える大きさに依存する。マテリアリティはCSR活動を外部から保証する際の基準にも採用される。

このようにみてくるとCSR活動の核心は、特定の活動を実施することではなく、企業を取り巻くステイクホルダー(従業員も含む)が企業に対して何を望んでいるのかを識別して、それに対応していくプロセスということができよう。これは経営活動そのものである。 しかし、CSRと通常の経営活動の相違点をあげるとすれば、それは透明性の確保にある。ステイクホルダーの意見を聴取し、マテリアリティの観点から優先事項を識別して、実行するプロセスそのものの透明性が確保されていなければ、それは社会的責任を果たしていると主張することができないからである。

ステイクホルダー・エンゲージメントやマテリアリティという概念はまだ日本企業には十分普及していないが、CSRをマネジメント活動として実施するためには不可欠のポイントとなる。CSRを一時的な活動ではなく、恒久的に実施するためにはマネジメントシステムの導入が不可避であり、そのときには日本企業もステイクホルダー・エンゲージメントやマテリアリティという概念に向き合わざるを得なくなると予想されるが、その日は確実に近づいている。

Copyright © 2008, 國部克彦

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