公認会計士・監査審査会

小澤康裕

企業の財務情報の信頼性を確保するための企業会計と財務諸表監査は、投資家保護の根幹をなすものであり、資本主義経済のインフラストラクチャーであるといわれる。しかし、近年、企業不正事件の頻発によってこの制度の運用に疑念が生じ、その建て直しがはかられてきた。

アメリカでは、企業の最高経営責任者(CEO)や最高財務責任者(CFO)が不正な会計操作(粉飾決算)を行って投資家を欺き、結果として会社を倒産させ、投資家に重大な損害を与えた事件が相次いだ。特に、エンロン事件では、不正な会計操作を知りながら不適切な監査を行った老舗会計事務所のアーサー・アンダーセンが、株主によって訴えられ、最終的には消滅にまで追い込まれた。この事件をきっかけに、証券取引委員会(SEC)の下に監視機関である「公開会社監視委員会(PCAOB)」が設置され、企業の不正な財務報告に目を光らせるとともに、会計・監査制度の主要な担い手である会計事務所の監視を大幅に強化することとなった。

一方、わが国でも、監査制度に関しては、
(1)証券市場の公正性・透明性の確保による投資家の信頼の向上、
(2)経済活動の複雑化、多様化、国際化に対応した監査と会計の専門家の確保、
(3)公認会計士制度に対する国際的な信認の確保
を背景にして、2004年4月に金融庁の傘下に、公認会計士及び監査法人の監視を行う公認会計士・監査審査会が設立された。この審査会は、従来の「公認会計士審査会」を改組・拡充したもので、 1. 公認会計士等に対する懲戒処分等の調査審議、2. 公認会計士試験の実施に加えて、新たに、 3. 日本公認会計士協会が実施する「品質管理レビュー」のモニタリングを実施する権限が与えられている。

この「品質管理レビュー」とは、公認会計士の所属団体である日本公認会計士協会が、会員である公認会計士及び監査法人の実務の適切性(監査業務の質)を別の公認会計士(専任のレビューアー)がチェックするものである。公認会計士・監査審査会は、外部の監視機関として、この「品質管理レビュー」に関する報告を受けてその内容を審査し、必要に応じて会計士協会や監査法人等に立入検査等を実施する権限をもつ。つまり、監査業務の質を確保するために、まず、公認会計士協会が自ら「品質管理レビュー」を行い、さらに、監視機関である同審査会がそのレビューの方法及び内容を事後的に調査し、不備があれば金融庁長官を通じて行政処分や改善勧告を行うという多重チェック体制になったのである。

また、公認会計士・監査審査会は、上述のとおり、公認会計士試験を実施する権限を有し、また公認会計士として不適切な行動(粉飾決算への加担など)をとった者に対する懲戒処分等を調査審議する。つまり、同審査会は、会計・監査制度を支える人材である公認会計士の選抜や質の維持にも責任があるのである。公認会計士試験制度の改革に伴い、 2005 年度からは、会計専門職大学院が開設され、会計及び監査の専門教育の充実が図られることになった。優秀な監査及び会計のプロフェッショナルを多く作りだすことが、わが国の会計・監査制度への信頼の向上に貢献し、投資家保護につながることは明らかである。

以上のように、公認会計士・監査審査会は、公認会計士の選抜や質の維持、監査業務の事後的な調査などを通じて、監査の質の確保と実効性をより一層図ることを目指している。質の高い監査の継続的な実施は、企業の財務情報の信頼性を高め、そのことが日本企業、ひいては日本経済の信頼性を高めることに繋がっていく。そのためには、この公認会計士・監査審査会がその職務を誠実に実行し、その活動自体が投資家(海外の投資家を含む)等の市場参加者の信頼を得ることが先決である。その上で同審査会は、会計・監査制度という資本主義経済のインフラストラクチャーをともに支えるために、会計基準の設定機関である企業会計審議会や財務会計基準機構、そして証券取引等監視委員会や金融庁等の他の機関、また、諸外国の同様の監督機関との連携をより一層深める必要があるだろう。公認会計士・監査審査会には、会計・監査制度の充実・強化のためにこれらの連携の中心となって、まさに資本主義経済を陰で支える縁の下の力持ちとしての役割が期待されている。

Copyright © 2005, 小澤康裕

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