経営者のコミットメントと配当政策

砂川伸幸

「それはコミットメントですか?」このフレーズをご存知の方も多いでしょう。ソニーの取締役会で出井社長が示した利益率目標に対して、ソニーの社外取締役であるカルロス・ゴーン日産自動車社長は「それはコミットメントですか」と問いました。コミットメント(commitment)は公約とか拘束力ある約束や契約という意味ですが、ゴーン社長は「必達目標」と意訳しているようです。

企業の意思決定における社長の権限は絶大です。松井証券社長の松井道夫氏の言葉を借りると「社長と副社長の距離は,副社長と新入社員の距離より大きい」そうです。「会議において社長の意見は95%通る」という話も聞いたことがあります。それだけ大きな権限を与えられる社長は,企業経営にコミットする必要があるというのが,ゴーン社長や松井社長のお考えのようです。なお,現代経営学研究所が発行している『ビジネス・インサイト』最新号に,松井社長のインタビュー記事が掲載されています。経営者の決断やコミットメントについて、氏のお考えを詳しく紹介しておりますので参考にしてください。

経営者のコミットメントは,その目標にもよりますが、マーケットからは評価されるようです。例えば、ゴーン社長は今年の株主総会で、「2008年3月期に年間配当額を40円以上にする。コミットメントと考えてよい」という趣旨の発言をしたそうです。そのニュースが流れるや否や日産自動車の株価は上昇しました。日産自動車の株価は1200円前後です。1200円に対して40円の配当ということは、配当利回りが3%を超えるということです。これは投資家にとって非常に魅力的な値です。また、将来の高配当を必達目標として掲げるからには、将来の収益性に大きな自信をもっていると考えられます。このような理由で、株価は上昇したと考えられます(企業の経営者が株主総会で将来の配当金に言及するのは問題だという見方もあります。株主総会に出席している一部の人だけに、重要な情報が伝わるからです)。

今年の株主総会では、企業の経営者が経営目標として配当政策を掲げることが多かったようです。「今年は年10円程度の配当を目標にがんばりたい」(東芝株式会社岡村社長)、「株主には配当で応えるのが基本、2、3年をメドに連結配当性向30%を目指す」(武田薬品工業株式会社長谷川社長)などです。残念ながら,東芝や武田の株価は社長の発言を受けて上昇することはありませんでした。株価形成にはいろいろな要因があるので断定できませんが,目標がコミットメントか否かということも影響していると考えられます。

配当政策と株式の反応に対して、私は2つの疑問を抱きました。1つは「配当を増やす企業は本当に魅力的か」ということです。成長企業は投資機会を豊富に持っているため、配当せずに投資したほうが良いという考え方があります。マイクロソフトは2003年に配当を始めるまでは、無配の高成長企業でした。配当を増やすということは、豊富なキャシュフローが見込めるということですが、企業内に使い道がないと考えることもできます。そのような企業は果たして魅力的でしょうか。

もう1つは「配当額や配当性向についてのトップマネジメントの言及は、どれだけ信用に足るコミットメントか」という疑問です。極端な話、企業は借入れやエクイティ・ファイナンスによって資金を調達し、それを配当に回すこともできます。また、配当性向は利益が出ているかぎり必ず達成できます。30%の配当性向は、利益の30%を配当にまわすということです。利益が1億円なら3,000万円、利益が1,000億円なら300億円配当すればいいわけです。どちらも配当性向30%になります。

とるに足らぬ心配ですし、あげ足取りですが、コミットメントと企業の配当政策について考えてみました。

Copyright © 2004, 砂川伸幸

 

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