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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

商学分野 教授 内田浩史

 

経済学の思考法 :マクロ的な視点

今回の「オススメ図書」では、経済学の思考法を示してくれる書籍を紹介します。なぜ経営学ではなく経済学なのかと思われるかもしれませんが、経済学を学ぶことは経営学にとっても重要です。経営学とはさまざまなアプローチから経営に関して研究・分析する学問であり、分析対象からその名前が付いています。このことは逆に、分析対象が広い意味での「経営」であれば、他の学問分野で用いられる分析手法を用いていても経営学に含められることを意味します。私が専門とするファイナンス分野はその顕著な例で、他にも経営学の中で経済学のアプローチを用いる分野は数多くあります(詳しくは本学丸山雅祥教授の書かれた教科書(丸山2011)をご覧下さい)i

この意味で、経営学に興味を持つ方にとって、経済学を勉強することは損な事ではありません。また近年、政府の政策決定や規制・制度設計に経済学的の考え方が強く反映されるようになっています。このため、経済・経営の動きを知るために経済学的なアプローチを知っておくことは大きな強みになります。さらに、経済学には他の学問分野にはない独自の思考法があり、新しいものの見方に触れるという意味でも経済学の考え方を知ることは有益だと思います。

この「オススメ図書」では、この最後の点、つまり経済学の思考法を知るのに参考になるであろう書籍を紹介したいと思います。経済学的な視点の中でも特に重要だと個人的に思うのが、「一般均衡」、あるいは「マクロ(巨視)的な」ものの見方ではないかと思います。これは、平たく言うと、経済・経営現象を考える上で、当事者だけではなく、さらに広い視点から物事を考える、ということですii

そのことを顕著に示してくれている書籍の一つとして、荒木他(2008)が挙げられると思います。この書籍では、労働に関わるさまざまな問題、たとえば解雇規制や最低賃金制度などについて、労働法学者が論点を提示し、労働経済学者が応答する、という形で両者の視点の違いを明らかにしています。そこでは、法学者が目の前で困っている労働者を救済するための規制や政策の必要性を主張するのに対し、経済学者はその規制や政策によって(その人たちは救われるかもしれないが)経済全体ではかえって困る人が増えてしまう、と考えることが示されています。たとえば解雇規制(第1章)を例に取ると、この規制は既に雇われている人たちを守る半面、新たな雇用を妨げ、失業率を増加させてしまう可能性があることが指摘されています。

また、農業問題を扱った八田・高田(2010)では、日本の農林水産業の生産性を高め、「若者が参入する産業」にするため、「効率化政策」が必要だと説いています。ある政策を行うと、それによって得をする人も損をする人も発生します。この場合、誰かが損をするのであれば、その政策は行うべきではない、という考え方もありますが、「得をする人が損をする人の損を補償しても、なお釣りがくるような政策」(八田・高田(2010,p.3):これが彼らの言う「効率化政策」)であれば、行うべきだ、というのが経済学で標準的な考え方です。同書では、農業問題においては兼業農家、農協、官僚、政治家という既得権集団が損をしないために、潜在的には成長産業であるはずの農業を効率化するための政策が行われていない、と主張しています。

このような経済学のものの見方は、当事者の視点を離れることになるため、しばしば客観的過ぎる、具体性がない、あるいは冷淡なものになる危険性を孕んでいます。効率化政策といっても、では既得権集団の人たちにも生活があるだろう、それをどう補償するのか、といった点にまで踏み込んで議論が行われることが少ないのは事実です。私も上記2冊で示されている経済学的な考え方のすべてに賛同するわけではありません。現実的には、荒木他(2008)の最後に収録されている座談会でも示されているように、当事者の視点とマクロ的視点のバランスを取ることが重要だと思います。ただし、ここでいう経済学的な考え方は、その重要性にもかかわらず、(またその賛否は別として)必ずしも一般に知られた考え方であるとはいえないように思います。すべての議論に納得する必要はありませんが、一つの重要な視点として、上記のような書籍から経済学のものの見方を知っておく価値はあるのではないでしょうか。

荒木尚志・大内伸哉・大竹文雄・神林龍(2008)『雇用社会の法と経済』有斐閣
丸山雅祥(2011)『経営の経済学(新版)』有斐閣
八田達夫・高田眞(2010)『日本の農林水産業 』日本経済新聞出版社

(付録) なお、経済学のアプローチを理解しようと思っても、経済学部以外の学部出身者にとって、経済学を一から勉強するのは非常に困難だというのも事実です。その一番の原因は、経済学の教科書が面白くないことにあるように思います。多くの教科書は、その後の応用分野での学習の基礎として、抽象的な分析手法をまさしく教科書的に教えるだけになっています。応用分野に進むと経済学的アプローチの面白さ・有用性を知ることができるのですが、従来の教科書から出発すると、面白さを知る前に挫折してしまいがちです。そこで、オマケとしてこうした点にも配慮して書かれた教科書を挙げておきたいと思います。

八田達夫(2008,2009)『ミクロ経済学I,II』(プログレッシブ経済学シリーズ)東洋経済新報社
梶井厚志・松井彰彦(2000)『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』日本評論社

八田(2008,2009)は、これまでの教科書の問題点を十分に意識した上で、経済学の重要なエッセンスを初学者にも分かりやすい形で伝えようと努力している教科書です。また、同書では触れられていない内容として、近年経済学には不可欠となっている「ゲーム理論」の考え方があります。梶井・松井(2000)はゲーム理論に焦点を当てた、こちらも教科書らしくない(=分かりやすい)教科書です。

教科書に尻込みされる場合は、柔らかい新書からスタートされると良いかもしれません。読みやすい書籍として、たとえば下記がオススメできます。

大竹文雄(2010)『競争と公平感―市場経済の本当のメリット』中公新書, 中央公論新社
依田高典(2010)『行動経済学―感情に揺れる経済心理』中公新書, 中央公論新社

(なお、Eureka No.20のオススメ図書もあわせてご覧頂くと良いかもしれません)


i もちろん経済学にも、分析対象として広く「経済」を扱う学問である、という側面もあります。現に、経済学のさまざまな分野(国際経済、労働経済、金融、財政など)は、現実経済の様々な分野に対応しています。
ii もう一つ重要な経済学的視点として「動学的な視点」(将来を見通したうえで現在の判断を行うという考え方)があると思いますが、この点については本稿では触れません。

(Copyright © , 2011, 内田浩史)