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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

タックスヘイブン

鈴木一水

今年は、アップル、グーグル、スターバックスといった有名グローバル企業がアイルランドなどの税率の低い国に利益を移転して租税回避を図った問題が、マスコミで取り上げられたことなどから、税負担の軽い国・地域であるタックスヘイブンが注目を浴びた。タックスヘイブンと聞いても、カリブ海や南太平洋の椰子の木の茂るリゾートを思い浮かべる程度か、一部の富裕層や多国籍企業に関係あるだけで一般人には関係ないと思われがちである。しかし、現実には、タックスヘイブンは、そのイメージとはかけ離れたグローバル経済の闇システムの要として機能しており、その害悪は、多くの人々には自覚されることなく、広く一般に深く浸潤している。私たちは、この問題に無関心であってはならない。そこで、国際税務に関する専門的な技術書ではなく、タックスヘイブンの問題をわかりやすく解説した一般書を3冊紹介することにする。

志賀 櫻『タックス・ヘイブン−逃げていく税金』岩波新書2013年。

本書は、大蔵省、金融監督庁(現金融庁)、その他国際機関などでタックスヘイブンの問題に取り組んできた著者の実体験に基づいて、タックスヘイブンの特徴、実態、問題、対抗策を平明かつ簡潔に解説した入門書である。長らく法執行機関に身を置いてタックスヘイブンと闘ってきた著者ならではの体験的エピソードがふんだんに盛り込まれていて、一気に読み通せる本である。

著者によると、タックスヘイブンには、(1)まともな税制がない、(2)固い秘密保持法制がある、(3)金融規制やその他の法規制が欠如している、という特徴があり、これらの特徴を悪用した(a)高額所得者や大企業による脱税・租税回避、(b)マネー・ロンダリング、テロ資金への関与、(c)巨額投資マネーによる世界経済の大規模な破壊といった悪事が横行しているという。この結果、誠実な納税者が、余分な税負担を強いられるのみならず、犯罪やテロや金融危機の被害者になっているという。タックスヘイブンは、著者の言葉を借りれば、文明に災厄をもたらしているのである。タックスヘイブンの問題と言えば租税回避と思いがちであるが、それよりも固い秘密保持法制による不透明性をついた不正の温床になっていることの方が、より本質的な問題なのである。しかも、こうした不正には、富裕層や企業のみならず、先進国の情報機関も関与しているため、その対策が難しいという。したがって、規制や政策を論じるには、国際的視野に立った議論が不可欠であることを、著者は強調している。

本書は、税に関する実務や研究に携わる者にはもとより、税に直接関わらない者にとっても、現在進行形で世界で起こっている経済問題を知るための教養書としても一読に値する。タックスヘイブンに関心を持ったら、まず最初に読むべき一冊である。

クリスチアン・シャヴァニュー、ロナン・バラン著、杉村昌昭訳『タックスヘイブン−グローバル経済を動かす闇のシステム』作品社2007年。

本書は、歴史的視点から、タックスヘイブンの起源、発展、規制の動向、そしてグローバル経済のなかで占める機能と影響を鮮明に描いている。本書によると、タックスヘイブンは、19世紀末のオフショア経済の発明を起源とし、20世紀末のユーロダラー市場の誕生を契機に発展してきた。この2つの大きな経済のグローバル化を経て、タックスヘイブンは今や世界経済システムや国際金融システムの中核になると同時に、それらを揺るがしかねないほどの大きな存在となっているのである。この過程で、個人資産家、多国籍企業、犯罪者、金融機関、国際会計事務所などが暗躍してきたが、そこで最も重要な役割を果たしたのが、実は国家とくに先進国であることには注意する必要がある。その結果、ロンドン市場こそが世界最大のタックスヘイブンとなっている。カリブ海や南太平洋の島嶼諸国・地域は、イギリスやアメリカにとってのオフショアの延長にすぎないというのである。

タックスヘイブンの膨張に、各国の規制当局も手をこまねいていたわけではない。しかし、国際連盟、フランス、アメリカ、OECDなどの打ち出してきた対抗策も、他の国や企業の抵抗にあって挫折してきた。それどころか、逆に国家がタックスヘイブンを利用したり、国際機関がタックスヘイブンの悪行を覆い隠す隠れ蓑を提供する役割を演じることもあったのである。本書によると、タックスヘイブンは主権国家の成立と経済のグローバル化という矛盾を解消する手段として誕生し発展してきた。その結果、今やタックスヘイブンは各国の経済システムに組み込まれ、世界経済の骨格の一部にまでなった。資本流出を抑えたい各国が、タックスヘイブン問題に本気で取り組むはずがないのである。 本書もまた初心者にも読みやすいタックスヘイブンの入門書としてオススメである。

ニコラス・シャクソン著、藤井清美訳『タックスヘイブンの闇−世界の富は盗まれている!』朝日新聞出版2012年。

前掲の2冊の内容をより詳しく解説したのが、本書である。本書は、タックスヘイブンの本質をオフショア・システムと捉え、それがもはやグローバル経済の副産物ではなく中核の位置を占めるようになっている現実を暴露している。本書によると、タックスヘイブンの提供するオフショア・サービスも分業化が進んでいて、それを担う金融機関、会計士、弁護士等も、細分化された法域、金融商品、役割にそれぞれ特化し、これらの要素が集まって世界規模のオフショア・システムが形成されているという。このため、参加している各プレーヤーは各自の業務には精通しているかもしれないけれども、システム全体を知る者は世界中どこにもいないという事態が生じている。この結果、タックスヘイブンが、無法地帯というよりも、むしろ世界中の「どこでもない場所」として、不正の温床あるいは腐敗のネットワークの要になっている。

本書は、オフショア・システムの仕組みを、具体的な事例や証言を引き合いに出しながら説明しているため体系性にやや難があり、説明も複雑すぎてかえってわかりにくくなっている面もある。その半面、貴族や富裕層といわれる階層の身内だけで通用する偏った価値観、裏切らないという意味での信頼性の重視、倫理観の欠如、インサイダー・ネットワーク内の閉塞感などに覆われた生々しい内容は、読後に暗たんたる気持ちにさせて余りある。タックスヘイブンの実態と、世界経済にもたらすその悪影響を理解するには、もってこいの著書である。

以上紹介した著書のすべてが、タックスヘイブン問題を、脱税や犯罪の温床という問題に矮小化するのではなく、世界経済や国際金融システムに内在する脆弱性の問題としてとらえている。しかしながら、どの著書もこの問題に対する決定的な対処法を提示できていない。それは、タックスヘイブンの本質的特性である秘匿性のために、誰にもその実態がわかっていないからであろう。これは恐ろしいことである。シャクソンによれば、世界貿易の半分以上、すべての銀行資産の半分以上、多国籍企業の海外直接投資の1/3がタックスヘイブンを通過しているにもかかわらず、その全貌を把握している者がおらず、まったくコントロールできていないのである。いったんそこに綻びが生じたならば、またたくまにその影響は世界中を席捲し、私たちの生活を奈落の底に突き落とす危険性が示唆されているにもかかわらず、である。いつどこで爆発してもおかしくない爆弾を抱えた世界に私たちは住んでいるのである。ここで紹介した図書は、この目の前にある危機について、警鐘を鳴らしている。

Copyright © 2013, 鈴木一水