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「合理的な消費者」とは誰のことか

末廣英生

 神戸大学大学院経営学研究科をはじめ、世界中のビジネススクールで教えられている基礎科目の1つは経済学である。経済学は、経済現象を理解するために現実を極端に単純化した抽象モデルを用いて展開される。そのため、ビジネススクールで学ぶ社会人にとって、腑に落ちない学問の典型である。

 経済学を学ぶときにMBA学生が最も理解に苦しみ、しかも過って理解することが多いのが、消費者行動の理論である。経済学は、消費者はどの商品をいくら購入・消費するかを合理的に選択する、と想定する。例えば、ノーベル経済学賞受賞者であるプリンストン大学のクルーグマン教授が表し、世界中で用いられている初級経済学の有名な教科書は、消費者行動の理論を説明した第10章「合理的な消費者」の冒頭で、経済学は消費者行動を次の様に理解すると述べている。

    生産者 ( ・ ・ ・ ) の行動を分析するときには、利潤最大化の仮定は理にかなったものだった。でも消費者は何を最大化しているというのだろう。すべては嗜好の問題ではないのか?
     そのとおり、それは嗜好の問題だ。経済学者は嗜好がどういうものかについて、多くを語ることはできない。でも合理的な消費者が自分の嗜好をどう満たすかについては、多くを語ることができる。実際、それこそ経済学者が消費者の選択を考えるときのやり方なのだ。経済学者は合理的な消費者、すなわち自分が何を望んでいるかをわかっていて、かつ利用できる機会を最大限に活用する消費者のモデルに取り組んでいる。」(ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルス著、大山道広他訳『クルーグマン ミクロ経済学』、東洋経済新報社、2007年、275ページから引用)

 この説明では、合理的な消費者と言うときの「合理的」とは何かと言えば、合目的的ということである。合目的的ということは、2つの要素から成り立っている。第1に、消費者は自分が何を望んでいるかを分かっている、つまり消費者には消費によって満たされる欲求があり、各商品がその欲求の充足に寄与する度合いを表す尺度として効用を考えることができる。第2に、消費者は利用できる機会を最大限に活用する、すなわち消費者は欲求の充足という目的を実現するように、つまり効用を最大にするように商品を購入する。

 経済学教科書のこのような説明を聞くときの、MBA学生の最初の反応は、それは本当かということであろう。合目的的ということの2つの要素のそれぞれが疑わしい。第1に、自分に消費によって満たされる欲求があることは自分で考えれば理解はできるが、その強さを口で言えと言われても自分ですらそれを客観的に表現できないのに、それを尺度化して効用で表すというのは絵空事ではないか。第2に、仮に何らかの方法でそれが測れる効用というものがあるにせよ、スーパーで今夜のおかずの品定めをする人たちが、それぞれ効用という数値の計算をしながらキュウリや刺身を買っているようにも見えない。少なくとも自分はそんなふうに買い物をしない。効用最大化行動は、効用という架空の概念を用いて作られた、内省に訴えるたとえ話に過ぎないのではないか。

 内省に訴えるたとえ話を聴かされて、自分に思い当たる節があるから他の人もきっとそうなのだろう、といった調子で、たとえ話と理論とをすり替えて平気な顔のできる人はそれでよい。しかし、経済学が、それを聴く人の内省に訴えるたとえ話のあつまりであるなら、MBA学生には経済学は不要であろう。ビジネススクールで学ぶ社会人学生は、自分が企業人として直面する現実を理解し、問題を解決するために、大学に戻って学問をしようとする人たちである。経済学も、そのような学問として必要とされている。このような目的で経済学を学ぶ人にとって、経済学がその分析のために現実を単純化するとはいっても、それがある程度現実の近似を与え、現実説明力を持つというのでなければそれは単なる学問のための学問でしかないであろう。

 経済学の中でも、消費者の合理的選択の想定は、上で述べた内省に照らした際の典型的な反応の結果として、それを単なるたとえ話だと片付けてしまうリスクはとても大きい。そのリスクが放置されたまま、経済学がそのように教えられているのには、実は理由がある。効用最大化行動の想定は、それに科学的根拠があることを、教科書として正確に述べるには、それなりのお膳立てが必要なのである。効用最大化行動の想定は、むろん無条件に妥当するわけではない。どのような条件がそろえば妥当するのか、その条件を書き下す概念装置を用意し、その条件があれば妥当することの数学的証明を与えなければならない。その根気を初学者に求めることは無理である。だから、クルーグマン教授の教科書を始め、初級経済学の教科書では、効用最大化行動の想定の妥当性に関する説明はなされていない。

 しかし、そのことが原因で、経済学を学ぶ人の多くが、消費者行動の理論を単なるたとえ話として無視することになれば、経済学にとっては大いに問題である。そこで、神戸大学大学院経営学研究科のビジネススクールで学ぶ社会人院生の皆さんに2つの選択肢を示したい。

 第1の選択肢は、効用最大化行動の妥当性についてちゃんと学びたい人のための選択肢である。神戸大学大学院経営学研究科には2種類の機会がある。1つは、経営学研究科博士課程(Ph.Dプログラム)の決定分析特論という授業で、効用最大化原理の妥当性を厳密に解説する。もう1つは経営学部のゲーム理論という授業で、その前半に、簡単なケースに限定して、効用最大化原理の妥当性を厳密に解説する。いずれもウィークデーの昼に開講されるので、社会人学生の皆さんには聴講が難しい。ただし、学部のゲーム理論では、読めば講義内容が分かる講義ノート(第2章と第3章)を、授業が行われる期間に限り、神戸大学の学内ネットワークの中からアクセスする経営学部ホームページのシラバスから、ダウンロードできるようにしてあるので、限定的なケースにせよ厳密な議論を学びたい人は、読んでみると良い。

 第2の現実的な選択肢として、次の3つの書物を利用することを薦めたい。
(A)デビット・クレプス著、中泉真樹他訳、『MBAのためのミクロ経済学入門 I 価格と市場』、東洋経済新報社、2008年(原書、David Kreps, Microeconomics for Managers, Norton, 2004)
(B)イツァーク・ギルボア著、松井彰彦訳、『合理的選択』、みすず書房、2013年(原書、Itzhak Gilboa, Rational Choice, MIT Press, 2010)
(C) ダン・アリエリー著、熊谷淳子訳、『予想どおりに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』、早川書房、2013年(原書、Dan Ariely, Predictably Irrational: The Hidden Forces That Shape Our Decisions, Harper Collins, 2008)

 まず、(A)の、それも第5章だけ、とくに5.5節(「効用最大化モデルの妥当性」、邦訳165ページから169ページ)を読んでもらいたい。この本の5.5節には、3つのことが書いてある。
(1) 経済学が消費者の合理的選択を想定するとき、その「合理的」ということは、行動の規則性(この言葉は明示されていないが、書かれているのはハウタッカー公理と呼ばれる規則性である)のことであって、「消費者が合理的であるとは、その人が、選択がいつもこの特定の規則性を示すこと」と定義されるということである。つまり、「合理性」を、(経済学の初級教科書に書いてあるように)選ぶ人の側にあると想定する欲求充足の目的から定義するのではなく、その人の選択を理解しようとする第三者の側から定義しているに過ぎない。
(2) 第2に、しかし、もしこの規則性が満たされるなら、その規則性をもたらす真の原因が何であれ(したがって、経済学の初級教科書に述べられている、その人の欲求であれ)、その規則性は効用最大化行動で論理的に再現でき、そのオペレーションに必要な効用の値も測定できる。これは数学的命題(この命題の名称は明示されていないが、それは顕示選好定理と呼ばれる)だが、証明はしない。
(3) 第3に、効用最大化原理によって再現できるのは、ハウタッカー公理を満たす選択だけであり、それ以外はできない。しかし、ハウタッカー公理を満たす選択は経済現象の主要部分を占めており、したがって、効用最大化原理とその妥当性を理解することは重要である。他方、ハウタッカー公理を満たさない選択に対しては、ハウタッカー公理を満たす選択に顕示選好定理があるように、社会心理学と認知心理学と連携しつつ論理的に理解できる規則性をもとめ、効用最大化原理を拡張していくことができるはずである。

 (A)の、それもごく一部に書いてあることを、詳しく述べ直した。それは、「証明はしないが、経済学の成果はこうである」と正面切って消費者の「合理的」選択とは何かを説明した、非数学的教科書は、ほとんどないからである。(A)は、スタンフォード大学経営大学院のMBAミクロ経済学入門コースで長い間教えられてきた教科書であり、それを明示した例外的な教科書である。私は、ここでその教科書の記述を提示することで、皆さんに結論を聴いて安心してもらうため、詳しくそれを述べた。

 (A)の著者であるデビット・クレプス教授は、スタンフォード大学でOR(オペレーションズ・リサーチ)のPh.D を取得しスタンフォード大学経営大学院教授としてゲーム理論を教えてきた。動学的選択理論と動学ゲームの理論において世界的な(ノーベル賞クラスと言って良い)貢献をした、当代随一の研究者である。クレプス教授の口から「合理性は、今はまだ直接そのメカニズムを確認できない人の欲求充足プロセスがどうであれ、表に出た選択が一定の規則性を満たす限り定式化可能であり、効用最大化には科学的根拠がある」と聞くことで経済学に対する不信感は和らぐのではないか、と希望する。

 そして、不信から抜け出せた人に次に読んでもらいたいのが、(B)と(C)である。これが、今回のお薦め本のメインディッシュである。(A)に書かれている、選択の合理性の正体は選択の規則性である。このアプローチによれば、消費者行動に限らず、さまざまな状況における人の選択を、同じアプローチで研究することができる。それが今日選択理論(Choice Theory)と呼ばれる研究分野である。消費者の効用最大化原理を基礎づけている学問と言っても良い。効用最大化原理の妥当性を初学者に説明するのが困難だから、「合理的」選択を一般的に研究しようとする学問を初学者に説明することは、教科書に求められる厳密さでは難しい。しかし、選択理論が、どのようなアプローチによって、どのような問題を解こうとしているかを、例を使って説明する試みは可能かもしれない。そのような試みは、これまでほとんどないが、その例外的な書物が(B)である。

 (B)は、合理的選択とは何かを、単に消費者の消費選択と言うことにとどまらず一般的な、あるいはより複雑な選択状況を含めて、また複数の人が選択する状況についても、論じたものである。著者のイツァーク・ギルボアは、テル・アビブ大学で経済学のPh.D をとった後、ノースウェスタン大学経営大学院で選択理論を教え、現在はテル・アビブ大学経済学部教授である。ギルボア教授は、当代随一の選択理論研究者の1人であり、理論経済学の分野の世界の一流雑誌にその論文が掲載されている。

 選択理論は、心理学のような、表に現れる選択の原因を、物的に検証可能な選択者の心的(脳的)・生理的プロセスにさかのぼって想定し、実際に検証・確認するというアプローチはとらない。選択理論のアプローチは、(A)に書いてある、経済学のアプローチと同じであり、それを一般化したものである。(B)を読めば、観察される行動だけに基づいて、人の行動を予測したり説明したりする理論というものがどのように作られうるか、ということについて、厳密に一般的と言うよりは、思考実験の結果としてイメージを抱くことができるようになるだろう。

 (B)が(A)で述べられている経済学の理論の一般的な基礎付け理論へのガイダンスであるのに対し、(C)は(A)で述べられている経済学の理論の限界に関するガイダンスである。(C)は、心理学実験の方法を用いて、ハウタッカー公理を満たさない消費者行動にどのようなものがあり得るかを調べた一連の研究成果を、一般向けに紹介した本である。

 心理学実験の方法を用いて、これまでの経済学が想定していた経済主体の行動のパターンとは明らかに違う行動パターンを見いだし、その行動パターンを説明できるよう経済学を拡張するよう促す研究分野は、行動経済学(Behavioral Economics)と呼ばれている。(C)の著者であるダン・アリエリーはノースカロライナ大学で心理学のPh.D をとった行動経済学の研究者で、現在はデューク大学経営大学院教授である。彼の学術論文は、2つの学術分野の学術雑誌に発表されている。1つは経済学、もう1つは心理学である。経済学分野では、一般の経済学と(マネジメントサイエンスを含む)応用経済学のそれぞれで世界の一流雑誌にその論文が掲載されている。

 (C)の第1章では、まず、(A)の5.5節でクレプス教授が述べている、ハウタッカー公理を満たさない消費者行動の典型例としての比較広告によるマーケティングが取り上げられている。この例は、欲求は買い手の側にあるという合目的性による消費者の合理性の定義に真っ向から反する。そして、当然、ハウタッカー公理を満たさない。クレプス教授は、そのような例はあり、社会心理学と認知心理学と連携しつつ、(B)で述べられているアプローチによって順次理論的に理解可能となっていくはずである、と述べている。(C)は、そうなるべき、今のところ経済学の意味で「不合理」と思われる、具体的に実験によって科学的に確認された事例を提示している。そして、その事例は、その書名が示すとおり、単に「不合理」なのではなく、「予想どおりに不合理」と言えるほどに偶然ではない規則性を示す、と考えられている。(C)を読むことで、(B)を理解した読者なら、その「不合理」は買い手のどんな心理メカニズムによって引き起こされたのだろうと考える(それが(A)(B)を知らない一般読者の典型的な反応であろう)代わりに、買い手の行動に含まれるどんな規則性が論理的に理解可能なのだろう、と問いかけるすべを身につけているはずである。

 そして、実際のところ、(C)に登場するいくつかの「不合理」は、すでにクレプス教授の言うとおりに、論理的に理解可能な規則性として、我々が普通経済学の教科書でお目にかかる簡単な効用関数よりも若干複雑な形をした効用関数で説明可能であることが発見されている。例えば、誘惑のある選択肢をあえて今捨てて将来選択できないようにしてしまう行動ができる人とできない人はどう違うのか、という問題は、ハウタッカー公理を満たさないが、その代わりの一組の規則性を満たす人々については、効用を用いて論理的に説明できることが証明されている。

 理論経済学者の国際的学会は、1930年に設立されたEconometric Societyという学会である。この学会では5年に1回世界大会を開催しているが、直近の2010年に上海で開催された世界大会で、誘惑のある選択肢からの選択に関する研究展望講演を行ったドリュー・フーデンバーグ、ハーバード大学経済学部教授は、その講演の中で「我々は皆Krepsian(クレプス主義者)である」と述べた。(これは、戦後の経済学に及ぼしたその偉大な影響力を表して様々な人によって言われた「今や我々は皆Keynesian(ケインズ主義者)である」をもじったものであろう。)これは、つまり、経済学者は、経済学をさらに進歩させていこうとする努力において、(A)でクレプス教授が描いたシナリオにそって進んで行っているという意味である。

 このように、経済学の消費者行動の理論は、世界中のビジネススクールで教えられている最も基本的な理論であると同時に、その科学的根拠に対して多くのMBA学生に安易な疑いの目で見られ、そして一顧だにされなくなるリスクにさらされている理論の典型であるが、(A)の5章を読んで、少なくともそんな早とちりは思いとどまってもらえれば大変うれしい。そして、(B)の思考実験を通じて、経済学が想定する「合理的」選択とは何かのイメージを正しくつかみ、(C)の実験成果に(B)のアプローチを適用するにはどうすればよいか、について考えてみてもらえたらなおうれしい限りである。

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