Home -> MBA Square  
 
研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

将来業績を考える

音川和久

私の専門分野である財務会計では、投資家による将来業績の予測と企業価値評価に役立つ会計情報を提供することが何よりも強調される。したがって、私の主たる研究上の関心は、金融商品取引法や証券取引所の規則などに準拠して作成・公表された会計情報が投資家の意思決定にとって有用な情報を提供しているのか、投資家が様々な会計情報をどの様に利用しているのかという点にある。もちろん、有意義な研究を行おうとすれば、財務会計分野における最新の研究をフォローする必要がある。しかし、時には、財務会計以外の研究者が執筆した書籍・論文から貴重な示唆や知見を得ることも多い。今回のコラムで取り上げる1冊も、そうである。

 安酸建二『日本企業のコスト変動分析−コストの下方硬直性と利益への影響』中央経済社、2012年。

売上高が1%増えたら、売上原価や販管費などのコストが1%増加するような企業において、反対に売上高が1%減ると、コストは何%減少するのであろうか?1%は「答え」として否であり、実際は1%よりも有意に少ない。本書は、売上高が増えたときのコストの増加分に比べて、売上高が減ったときのコストの減少分が有意に小さい現象(これを「コストの下方硬直性」という)を多面的に検討している。

コストの下方硬直性が存在する場合、売上高の減少に比べてコストがあまり減らないので、両者の差額として計算される会計利益は大幅に減少する。このようなコストの下方硬直性が存在する理由として、「合理的意思決定仮説」と「コスト調整遅延仮説」という2つの仮説が提示される。前者によれば、売上高の増減に合わせて経営資源を削減・獲得することは、過剰な経営資源を短期的に維持することよりも高いコスト負担につながるので、長期的な利益の増大という観点から経営者が合理的に判断した結果であると説明される。一方、後者によれば、リース契約や雇用契約などに見られるように、不可能ではないが契約の解除に時間がかかることから、売上高の変化速度に対してコストの調整が間に合わなかった結果であると説明される。本書では、それぞれの仮説の妥当性について検証が行われている。

さらに、本書では、売上原価と販管費の費目別、売上高の減少が当初から予想されていたかどうか、将来の売上高に関する経営者の予想が楽観的であったかどうか、マクロ経済環境が良好であるかどうか、有形固定資産や棚卸資産に対する依存度が高いかどうかなど、コストの下方硬直性に影響を及ぼす様々な要因が検証されており、企業の将来業績を考える上で、いくつもの興味深い結果が得られている。

一般的な理解として、同じ会計学の分野ではあるが、財務会計と管理会計の間には目に見えない垣根のようなものがあり、研究の相互交流はあまり活発ではない。本書の著者は、管理会計の研究者であり、したがって企業内部の経営者によるコスト・マネジメントという経営実践に対するインプリケーションが強調されている。しかし、本書の発見事項は、将来業績の予測の改善などを通じて、財務会計が想定する企業外部の投資家にも貴重な示唆を提供するものであり、そこから私自身の研究上のヒントを得ることもできる。

このように、自分自身の専門分野とは直接の関係がないと思われる書籍や論文でも、手に取ってみると、その時にまたは暫くしてから、何某かのヒントや手がかりを得ることが意外と多い。最近は会議であまり時間がとれないが、これからも自分自身の専門分野に閉じ籠もることなく、他分野の書籍や論文を積極的に読むようにしたい。

財務諸表や有価証券報告書に収録されている様々な会計情報が将来業績の予測にどの様に役立ちうるのかについて関心のある方は、下記の文献も併せてお読みください。

 桜井久勝・音川和久(編著)『会計情報のファンダメンタル分析』中央経済社、2013年。

Copyright © 2013, 音川和久