1997年以降、わが国の財務会計制度は、連結財務諸表、退職給付会計、金融商品会計、固定資産の減損会計、企業結合会計などの分野において新たな会計基準が次々と公表・導入されました。現在では、日本の会計基準は、国際的な会計基準と比較しても遜色がないともいわれています。しかし、それと時を同じくするかのように、日本企業の経営スタイルも、劇的な変貌を遂げています。
たとえば、ここ数年の間に、多くの日本企業が、退職給付水準の引き下げ、確定拠出型年金への移行、厚生年金基金の代行部分の返上などを実施してきました。退職給付会計基準によれば、従業員が退職以後に受け取る給付(退職一時金や退職年金など)は、労働サービスの提供に伴って発生した額を一定の方法により測定し、それを退職給付債務として把握することが要求されるようになりました。勿論、それ以前にも、企業は退職給付に関する債務を計算し、その原資として、資産を外部に積み立てたり、引当金を内部で設定したりしていました。しかし、日本経済新聞(2000年12月19日)によれば、新しい会計基準の導入によって、主要な上場企業230社だけでも約10兆円の積立不足が生じることが報道されました。したがって、上述したような企業の行動は、算定される退職給付債務の金額を圧縮したり、その変動リスクを抑制したりする効果を有しています。しかし、その一方で、企業で働く人々は、退職給付の減額や年金資産の運用リスクの負担などによって、自身の将来設計を大幅に見直さざるをえなくなる事態が生じています。
また、この数年間に、金融機関や一般事業会社の所有する株式が大量に売却されました。金融商品会計基準によれば、こうした企業の保有する有価証券は時価評価の対象となり、その差額は損益計算書や貸借対照表に計上されて、当期利益や株主資本が増減することになります。したがって、株式売却という企業の行動は、期末の株式市場の動向いかんによって財務諸表の数字が大きく変動するリスクを取り除くことが期待されます。しかし、その一方で、株式の相互持合、企業系列、メイン・バンクなどによって特徴づけられてきた、従来の日本型金融システムは大きく変容することになりました。
昨今の会計制度改革は、「会計ビッグバン」といわれるほど大がかりなものですから、それらが及ぼした影響を多面的に検証する作業が行われています。寸評者自身も、経済産業省の委託を受けた共同研究に参加し調査を行ったことがあります。その成果については、須田一幸(編著)『会計制度改革の実証的分析』同文舘出版、2004年に収録されています。ただし、この企画では、「自身に関する著作を推薦してはならない」というルールがありますので、上記の文献の評価は『eureka』の読者諸賢にお任せすることにします。以下では、こうした会計制度改革の影響について論究している他の著作をいくつか紹介しておきます。
田中弘(著)『不思議の国の会計学−アメリカと日本』
税務経理協会2004年
(寸評)本書は、時価会計や減損会計などアメリカの会計基準を日本(企業)に導入することについて批判的に検討しています。四半期報告、包括利益、合併会計、プロフォーマ財務諸表、ストック・オプションといったアメリカの会計を象徴する諸制度が経営者や投資家のギャンブル体質を生み出していること、アメリカで誕生した新しい会計基準の多くが経済不正に対処するための「火消し基準」であったことが指摘されます。
その上で、経済的背景が異なる日本(企業)には、そうした会計基準を導入する必要性は必ずしも認められず、その導入が日本の経済不況をかえって悪化させるメカニズムが論じられています。 |