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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

商学分野  松島法明 准教授

 

ある人の1日を振り返った時、何らかの意思決定をしない日は無いはずです。一日の始まりである起床の時から、意思決定を行っています。例えば、以下の状況を考えてみます。「目が覚めたけど、まだ少し眠い。9時までに○○に着かないと不味いけど、まだ、時間はありそうだ …(一瞬考える)… 寝よう。」この様なちょっとした判断も、大げさに表現すれば意思決定といえます。この一瞬考えたところで「寝過ごしたらどうしよう?」という危険(費用)と睡眠から得られる快楽(便益)を天秤にかけていることでしょう(眠いので計算の精度は低いと思いますが)。これは非常に単純な例ですが、多くの場合、幾つかある選択肢の中から、最も望ましいと思うものを選択しています。

各主体による意思決定は、その主体を取り巻く環境から影響を受けると同時に、その主体を取り巻く環境に影響を与えます。前述の例でいえば、目覚め後の判断は、待ち合わせ時間や場所から影響を受けると同時に、待たせている人に影響を与えます(寝過ごして遅刻した場合)。企業であれば、競合他社や法律や慣習などから影響を受けるでしょう。

このような、ある状況下における意思決定の問題を考える際に、経済学(ミクロ経済学)の考え方は非常に有用だと思います。しかし、経済学に対して幾つかの批判が存在するのも事実であり、それによって敬遠されている事を否定できません。その中から2つ取り上げて、その批判のもととなっている誤解を解きたいと思います。

経済学というと、効率性ばかり追求して他のことを考えていない分野と理解し、嫌っている人も多いと思います。しかし、本来、効率性の問題と経済学の考え方には直接の関連は無いと思います。経済学では、ある何らかの目的を持った人や組織が、ある状況に直面した時の行動様式を分析することに主眼をおいています。その際に、その行動の帰結が社会や組織に与える影響を効率性の基準で計ることが多いため、それが違和感を与えているのでしょう。効率性ではなく、別のこと(例えば公平性など)も考えるべきという指摘もあるでしょうし、これは真っ当な指摘だと思いますが、この評価基準そのものは、行動様式の分析とは無関係であることに注意する必要があります。野球で例えると、ある野球選手の能力を、その選手に対して何の影響力もない一介のファンが評価する際に、その基準を本塁打の数だけで計るのか、打率だけで計るのか、幾つかの指標の組み合わせで計るのか、という問題と似ています。よって、ある帰結を経済効率性で評価することへの違和感と、経済分析そのものへの不信感を混同してはいけないと思います。もう少し具体的な例に触れて、この説明が尤もか確認したい方は、経済学の考え方に基づいて障害者の問題に対する論考を纏めた、中島隆信『障害者の経済学』(東洋経済)を読まれるといいでしょう。

経済学では人間が合理的であることを前提として議論することが多く、これが批判の対象になっていますが、実際には、経済学の内部からも、この問題に対処するための研究が増えています。例えば、子安増生・西村和雄(編)『経済心理学のすすめ』(有斐閣)では、人間の非合理的な判断の中に潜む法則性など、経済学ではそれほど重視されなかった研究の進展と、その展望についてまとめています。ここで取り上げている入門レベルの知識を獲得してから読まれるといいでしょう。

また、この合理性の前提それ自体にも幾つかの意味があると思います。1つ挙げると、ある行動原理のベンチマークとして役に立つ点です。意思決定の様式が明快で把握しやすい主体を想定することで、その行動分析から得られる結果も、明快で把握しやすいものになります。その想定の下で得られた結果を現実の状況と比べた時に、何か違いがあれば、その違いが何に因っているのか把握することも簡単にできます。仮に非合理的な人だと仮定した場合、起こりうる事象の全てが実現可能で、その分析からは殆ど何も語れなくなります。「○○さんは何であんな馬鹿なことをしたのだ。それは馬鹿だからだ。」と結論づければ何でも説明できるようですが、これは何にも説明していないことと同じです。話しは逸れますが、経済学のことを何も解っていない自称経済評論家が「何でも市場に任せて競争原理が働くようにすればいい。全ては見えざる手によって解決される。」と発言するのも、殆ど何も説明していないと思います。

前書きが長くなりましたが、以下では、経済学の考え方を解りやすく解説した書籍を数冊、少し高度な専門書を1冊紹介致します。興味の無い方は、Alt+Fを押した後にAlt+Xを押す、もしくは、マウスを右上に移動して×のボタンを押されるとよいでしょう。

梶井厚志(著)『故事成語でわかる 経済学のキーワード』(中公新書, 2006年)

(寸評)経済学で登場する言葉は日常用語とは若干の乖離があり、それらの言葉を理解するだけでも苦労します。本書では、この問題を解決するために、経済学の言葉を故事成語の言葉と対応付けることで、経済学の言葉を身近に感じてもらえるような工夫をしています。各項目のページ数も少なく、各項目はほぼ独立しているので、適当に関心のある言葉から読むことも可能でしょう(勿論、順を追って読む方がいいと思います)。本書の利用方法としては、まず、各内容を故事成語と対応付けながら丁寧に理解するように努めます。今度は、紹介されている故事成語が別の経済学用語に対応付けられるか考えてみます。また、その故事成語と紹介している経済学用語が適切に対応しているか考えてみます。こんな事をしてみれば、これ1冊でかなり楽しめると思います。

もし、本書を読んで経済学に関心を持たれたならば、本書の姉妹本に相当する『戦略的思考の技術』(中公新書)を読まれるといいでしょう。水準は同程度だと思いますが、少し教科書の雰囲気が漂っています。他にも、大竹文雄『経済学的思考のセンス』(中公新書)や中島隆信『これも経済学だ!』(ちくま新書)などの良書があります。これら著者に共通することは、着実な学術成果を発表しながら、この様な良質な入門書を書かれていることにあります。故に、内容の信頼性も高いです。

 

B. ネイルバフ, A. ブランデンバーガー (著), 嶋津 祐一, 東田啓作 (翻訳)『ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略』(日本経済新聞社, 2003年)

(寸評)ゲーム理論の考え方を一般向けに解説した本です。本書の内容を”PARTS”というキーワードに集約させ、事例を使いながら、その各文字に関連する内容を解説しています (P: Players, A: Added Values, R: Rules, T: Tactics, S: Scope)。各章を読み進める過程で、ある局面を把握する方法を身に付けることが出来ると思います。前述の『経済学のキーワード』や『戦略的思考の技術』を読んだ後でこの本を読むと、より理解が進むと思います。各項目の最後に要点の一言解説があるため、何が本質であるのか把握しやすいと思います。しかし、殆どが海外の事例なのが難点でしょうか。なお、この2人の著者は、ゲーム理論や応用ミクロ経済理論で多くの国際業績を挙げている研究者ですが、その傍ら、コンサルタントや起業にも携わっています。

 

Itzhak Gilboa, David Schmeidler (著), 浅野 貴央, 尾山 大輔, 松井 彰彦 (翻訳)『決め方の科学―事例ベース意思決定理論』(勁草書房, 2005年)

(寸評)この本は、従来の発想とは異なる考え方に基づいて書かれた専門書ですが、経営学研究科のある先生も、教材として使われたことがあります(内容は高度)。内容を簡単に纏めると以下の通りです。多国籍企業がA国へ海外直接投資(FDI)を行うか否かの問題に直面しているとします。将来のA国の市場規模及び政治情勢は現時点ではわからないとします。つまり、不確実性が存在します。このような不確実性下において、従来の経済学では、FDIが成功・失敗する確率(及びそれから得られる満足度を測る指標(=効用))を考慮して投資の採否を決定すると想定していましたが(期待効用理論)、確率ではなく、現在直面しているFDIの案件が(他社を含めた)過去のFDIの案件とどれだけ類似しているのかという推論(現在の案件と過去の案件の類似度)に基づいて投資の採否を決定すると想定する方が、現実の企業の意思決定をより適切に捉えることができると考えることも出来るでしょう。本書は、このような推論を数理的に定式化した事例ベース意思決定理論という、従来の期待効用理論とは全く異なる視点から、不確実性下の意思決定問題に光を当てた意思決定理論に関する書物です。

謝辞: 本文を執筆する際、『決め方の科学』を翻訳された浅野貴央氏から有益な助言を戴いたことに感謝の意を表します。勿論、記述内容に関する責任は筆者にあります。
(Copyright © , 2008, 松島法明)