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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

マーケティングの視点から価値の創造を考える

森村文一

 神戸大学大学院経営学研究科の専門職大学院では、リサーチ・ベースド・エデュケーションを掲げています。経営現象と理論の間を絶えず行き来し、実践的課題の解決の方向性を考えるのみならず、経営の知を生み出すことも目的としています。今回私がオススメ図書で挙げている5冊の書籍は、例として近年実務的にも注目される「価値共創(co-creation of value)」について、「ある理論を通じて経営現象を見つめることを、繰り返し、掘り下げ、新しい知を創造する」とはどのようなことかを考えることを目指しています。

 企業が顧客価値を創造するということは、どの業界においても重要な経営課題として設定されています。近年では、「顧客価値の創造」という言葉のみならず、「顧客と共に価値を創る」「価値共創」という言葉を理念として掲げる企業がたくさん存在します。そもそも、マーケティングという学問における「価値(value)」の捉え方は、価値は製品に埋め込まれそれを交換の対象とする「交換価値(value-in-exchange)」から、顧客の使用や使用プロセスから価値は生まれるという「使用価値(value-in-use)」へと劇的に変化してきました。企業は価値創造を実現する場合、事前に計画をして製品等に価値を埋め込みそれを提供するという考え方ではなく、価値を決定する顧客をいかに能動的に価値創造プロセスに参加させるか、いかにして顧客との相互作用の機会を設計するかという点が重要となります。

 この価値共創を考える場合、企業はどのように価値を考えるべきか、どのように顧客接点や価値を生む基盤・プロセスを設計するか、顧客はなぜ価値共創に入ろうとするのか、など様々な課題を設定することができます。そこで以下では、価値共創や共創プロセスとは何かを大まかに理解をしたうえで、a)相互作用的な性格を持つ価値創造活動としてのサービスとは何か、b)価値創造のためのサービス設計と組織はどのように考えるか、c)価値共創プロセスに入るための前提となっている信頼とは何か、d)消費者はどのようにして価値共創プロセスに入ろうとするのか、という点を紐解くヒントとなる書籍を紹介していきます。

Venkat Ramaswamy & Francis Gouillart(尾崎正弘・田畑萬[監修]、山田美明[訳])『生き残る企業のコ・クリエーション戦略』徳間書店、2011年.

 価値共創(co-creation)は、マーケティング分野で近年最も注目される概念の一つとして位置づけられています。業界によって形は異なると考えますが、ビジネスの世界でも、価値創造のために、顧客との価値共創プロセスをいかにデザインするかがますます重要な経営課題となっていると言えます。その点で、本書は価値共創について実践的に理解をするための参考になると考えます。

 本書は、「情報化」を基盤として、「価値創造に関する組織内外の全ての関係者を、いかにして価値創造プロセスに参加させるか」について、「プラットフォーム(platform)」や「顧客体験(customer experience)」といった概念を中心に、豊富な事例を通して論じています。

 マーケティング論において、価値は「製品に埋め込まれるもの」から「顧客の使用や使用のプロセスから生まれるもの」へと、捉え方そのものが劇的に変わりました。企業は価値を創造するための基本的な部分のみの提案しかできず、顧客は自身の資源を統合する関係者(resource integrator)として不可欠な存在であると考えます。本書は、豊富な事例を通じて価値共創プロセスとは何か、どのような現象かを理解することを目指しています。しかしながら、関連した先行研究を詳細に整理しながら書かれている研究書ではないため、例えば「価値」や「価値共創」、「価値共創における顧客/企業の役割」などが厳密に定義され議論さているとは言えません。そのため、このような現象や概念を考える入口の本として位置づけられます。本書以外に、価値共創に関するいくつかの学術論文を補足として読んでおくと、より理解が進みます。

顧客との相互作用、相互作用プロセス:Raymond P. Fisk, Stephen J. Grove, & Joby John(小川孔輔・戸谷圭子[監訳])『サービス・マーケティング入門』法政大学出版局、2005年.

 原著名である「Interactive Service Marketing」のタイトル通り、「顧客との相互作用」に注目しながら、サービス財取引に関する基本的知識や固有の問題、人的資源管理、オペレーションについて網羅的に書かれているテキストです。

 価値共創は、顧客との相互作用(interaction)を通じて実現されます。従来は、サービスはモノに付帯した余剰の部分として捉えられていましたが、近年ではサービスは価値の生産活動そのものであると捉えられています。このサービス財取引における核こそ、顧客との相互作用となります。本書では、顧客との相互作用の部分に焦点を当てながら、サービス財取引固有の問題や、サービス財取引を様々な角度から捉えるフレームワーク等が網羅的に整理されています。上記の顧客との価値共創をより深く理解するために、例えば本書で登場する「顧客経験マネジメント」や「(顧客同士、顧客と従業員の)相互作用」といった部分が参考になると考えています。

James L. Heskett, W. Earl Sasser, Jr., & Leonard A. Schlesinger(山本昭二・小野譲司[訳])『バリュー・プロフィット・チェーン 顧客・従業員満足を「利益」と連鎖させる』日本経済新聞社、2004年.

 「顧客価値をどのように創造するか」という点は、実務的にも非常に重要な課題です。本書では、価値創造のための「組織」「戦略」「価値観と文化」といった点から「価値を創造する仕組み」に関する包括的なフレームワークが示されています。価値創造には企業と顧客の相互作用が不可欠となりますが、その相互作用の重要な担い手である従業員は、結果として創造される顧客価値に大きな影響を与えます。

 バリュー・プロフィット・チェーンは「従業員価値と顧客価値の循環」として示されます。評価の公平さや従業員間の関係性、権限の自由度、成長機会や能力、顧客サービス提供によって達成される満足度等が従業員満足度を高め、その結果として従業員の忠誠心や生産性が高まります。それにより、提供されるサービスから得られる顧客価値が高まり、顧客満足や顧客ロイヤルティが高まります。これらの結果として、企業の成長や収益性の向上が実現されます。これらを一過性のものとして捉えるのではなく、絶えず循環させることが重要となります。本書では人的資源管理に多くの紙面が割かれその重要性が強調されています。顧客価値の創造を実現する場合、従業員の価値実現も同時に考えなければならない点は、顧客との相互作用や価値創造を考える際に多くの学びをもたらしてくれます。

山岸俊男『信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム』東京大学出版会、1998年.

 本書は、「信頼(Trust)」に関する研究書です。上記の3冊と比べると、やや異色に見えるかもしれませんが、本書が焦点を当てている「信頼」は、マーケティングが対象とする企業と顧客の関係においても必要不可欠な概念と考えます。マーケティングにおいては、事前・事後に評価が難しいサービスの品質判断に信頼が重要になるという点や、企業と顧客の長期的な関係性を強める関係強化という点に注目がされています。また、本書では、信頼は新しい相手との関係構築の関係拡張の側面を持つということも強調されています。つまり、価値創造のための顧客との相互作用においては、この信頼が一つの促進要因となることを意味していると考えます。

 多くの価値共創に関する議論では、顧客との信頼はすでにあるものという前提が置かれていると考えます。価値共創を始め、促進する鍵となる信頼をどのように構築するかという点が実務的にも重要となると考えますが、信頼とは何か、どのような性質があるのか、について深く整理を行っている本書は大きな学びをもたらしてくれると考えています。

田中洋『消費者行動論体系』中央経済社、2008年.

 本書は、心理学や社会学を基盤とした消費者行動研究(consumer behavior)における、多岐にわたる理論や概念を網羅的かつ体系的にまとめています。消費者行動研究は能動的な問題解決者としての消費者に焦点を当て、消費者の製品選択やブランド選択のプロセスや、その消費や使用のプロセスといった内的なプロセスの解明を目指す研究分野です。

 消費者がある製品やサービス、ブランドを買おうと考える場合、様々な要因がその行動に影響を与えます。例えば、購買の計画性/非計画性、ニーズ、知識、関与度、モチベーション、感情などが挙げられますが、それらの要因の影響だけでなく、それらの要因が関連しあったモデルなども数多く明らかになっています。

 例えば今回このオススメ図書の最初に掲げている「価値共創」を考える場合、消費者行動研究を学ぶことで、消費者がどのような要因を強く持っている場合に価値共創プロセスに参加しようと考えるのか、といった点を考えることができます。本書は、消費者行動研究における非常に多くの概念・理論を整理しているので、消費者の心理的要因を考える入口やきっかけとして位置づけて欲しいと考えています。

Copyright © 2014, 森村文一