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医療組織の管理会計

松尾貴巳

私たちの生命、健康にとって医療機関は不可欠なものです。医療技術、品質は高度化する中で、医療に関わるコストも上昇しており、いかに少ない資源で効果的な医療サービスを提供できるかは先進国共通の社会的課題です。医療費のような社会的課題に対する社会科学の伝統的なアプローチは、医療費抑制を目的とした国家レベルの制度改革でしたが、個々の医療組織で効率性と医療の質を両立するような経営管理の仕組みを構築することが、財政的課題と医療の質を社会的に両立させるうえでも重要になってきています。

我が国においても、DRG/PPS(疾病群別予見定額払い方式)の導入など、病院など比較的規模の大きい医療組織を取り巻く経営環境の変化を背景として、業績管理やコストマネジメントに関わる課題が管理会計研究の領域で検討されるようになってきました。以下では、2013年に刊行された医療組織の管理会計研究に関する著書2冊を紹介します。

荒井 耕 著『病院管理会計−持続的経営による地域医療への貢献−』中央経済社
本書の著者は、これまで、『医療バランスト・スコアカード:英米の展開と日本の挑戦』(2005)において戦略実施の管理会計システムを検討したのをはじめ、原価計算システム、医療サービス価値企画をテーマにした書を著してきました。本書では 、これまでの研究をふまえ、病院管理会計のマネジメント要素を包括的に示すと共に、マネジメント要素間の関係を明らかにする総合的な考察が行われています。

病院管理会計の全体像は、4つのマネジメント要素、すなわち、(1)設備投資の経済性計算、バランスト・スコアカード(BSC)などから成る戦略遂行マネジメント、(2)部門別の目標管理、予算管理から成る責任センターマネジメント、(3)医療サービスごとのプロセス管理、医療サービス価値企画等から成るプロトコルプロセスマネジメント、(4)部門別・サービス別原価計算等から成る経営情報マネジメントの各要素から成ると説明されています。そして、BSCは戦略遂行マネジメントと責任センターマネジメントを関連付けるものとして、また、品質コストシステムは、プロセスマネジメントと経営情報マネジメントを関連付けるものなど、マネジメントシステム間の関連性が明らかにされています。また、質問票調査、インタビュー調査により、管理システムの導入実態が実証的に明らかにされるとともに、業務実績と採算性、医療の質と採算性との関係について定量的な検証が行われています。本書は、主に民間企業で導入されてきた管理会計システムが医療組織においてどのような役割を果たすのか、また、病院全体の管理システムを体系的に考察するうえで有意義な本だといえます。

病院管理会計に関する網羅的かつ実証的な分析結果は、病院に管理システムの整備を迫るものであり、管理の強化は医療の質の低下を招くとの批判を受けかねません。筆者は、管理会計に対するこのような懸念を認識したうえで、採算性(原価水準)を維持したうえで質を向上させることが可能であることを明らかにしていますが、この点は今後さらなる検証の積み重ねで明らかにすることが管理会計研究の課題だといえます。

衣笠 陽子 著『医療管理会計−医療の質を高める管理会計の構築を目指して−』中央経済社
本書も、民間企業で導入されてきた管理会計システムは医療機関にも適用可能であり、経営状況の悪化に対して有効であるとの基本的な立場をとっています。そして、医療機関において近年関心が持たれるようになったコストマネジメントやBSCについて、コストマネジメントを組織レベルのアクションにつなげることや、BSCにおいて非財務指標を財務指標と関連付けるためには、予算管理に基づく対話型の調整プロセスが重要であることが指摘されています。ただ他方において、「導入にあたっては医療サービスの質を低下させることのないようより慎重になるべき」との問題意識が強調されています。

「なぜ慎重にならなければならないのか」についての検討を深めるため、アングロサクソン諸国においてNPM(New Public Management)を基礎に導入されてきた市場型の競争メカニズムが、医療機関やサービスの質にどのような影響を及ぼしてきたかについて、バランスのとれた研究が行なわれています。また、本書では、医療組織における専門家組織としての「人」の特殊性についても考慮されており、プロフェッショナルである医療従事者の特性を考慮した管理会計システムを構築する重要性が示唆されています。医療組織においてはサービスの質が「人」に大きく依存するため、医療組織における管理会計システムを検討するに際して、プロフェッショナル組織であることを考慮することは重要な視点であるといえます。本書で述べられている管理会計システムは、コミュニケーション機能を重視した予算管理システムが中心となっていますが、組織文化や組織風土に関するコントロール手段との関係も含めたより包括的な管理会計システムの検討が求められているといえます。

医療組織における「人」の側面を併せて検討する必要があるという点では、病院におけるリーダーシップに関する本も読んでおくと良いと思います。たとえば、松尾睦著『学習する病院組織−患者志向の構造化とリーダーシップ』(同文舘出版)です。また、医療組織に管理会計システムを導入にするに当たっては、医師の判断や行動様式を理解する必要があるという点では、ジェローム・グループマン著(美沢惠子訳『医者は現場でどう考えるか』(石風社)、アトゥール・ガワンデ著『医師は最善を尽くしているか』(みすず書房)、ドナルド・ショーン(佐藤学・秋田喜代美訳)『専門家の知恵−反省的実践家は行為しながら考える』(ゆみる出版)なども読んでおくと良いでしょう。

Copyright © 2014, 松尾貴巳