Home -> MBA Square  
 
研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

経済理論を基礎とした企業会計研究

松井建二

「分析」という言葉は社会人の皆様にとって、ビジネスで用いる機会が時々あると思います。責任ある業務を任された時に、特定の事象を深く考察しなければならない時などでしょうか。他方で、研究者はこの言葉を文章や会話でしばしば用いますが、英文を書く際の私の経験では、日本語では「分析」という言葉を頻繁に用いるのと比較すると、英語では"analysis"や、その派生語である"analyze"、"analytical"という言葉を用いる機会は明らかに少なくなるように感じます。特に学術論文で"analysis"と書く場合には、日本語で「分析」と表現するよりも、特定の狭い意味での研究を指すことが多くなります。具体的には"analytical research"という表現を持った研究は、数式を用いて構築されたモデルに基づいて、自らが示したい命題を証明していくスタイルを取る研究を意味し、社会現象を対象とした学問では、経済学がその典型となります1。そしてこの"analy-tical research"は「分析的研究」という日本語に訳されます。

今回はそうした「分析的研究」を企業会計の分野で行い、合計で8名の会計学界と経済学界で活躍する若手研究者が、オリジナルな数理モデルを1つずつ構築し、それに基づいて企業会計を議論しているという、これまでに無かった画期的な研究書をご紹介します。


太田康広(編著) (2010) 『分析的会計研究―企業会計のモデル分析』 中央経済社.


本書は財務会計篇、管理会計篇、および監査・税務篇の合計3部から構成されています。そして財務会計篇と管理会計篇は各3章、監査・税務篇は2章から構成されています。いずれかの分野に大きく偏ることなく、ちょうどバランスが取れており、各読者の興味に合わせて読むことが可能なように配慮されています。

本書の基礎となっている現代のミクロ経済学は、大きく3つの柱に分かれています。第1は価格理論、第2はゲーム理論、そして第3は契約理論と呼ばれます2。この中でも発展の著しいゲーム理論と契約理論に基づいて、本書の8つのモデルは構築されています。個々のモデルの内容についてまとめるのはとても紙幅が足りませんので、ここでは割愛しますが、8つのモデルのイントロダクションとなっている第1章に、本書全体の重要なメッセージは記載されています。

経営学、あるいは会計学は基礎的な学問領域に依拠して命題や仮説を提示する「理論研究」と、それらが現実的妥当性を持つかを示す「実証研究」に分かれます。社会現象を科学的に考察するためには、車の両輪のようにこれらの両方が必要というのが、重要なメッセージの1つです。そして企業会計のフィールドでは、これまでの研究の潮流を考慮して、特に分析的な理論研究を推進する必要性があることが強調されています。

本書は明らかに研究者向けに書かれていますが、編著者が記しているように、数学的な表現は本質ではなく、重要なのはどの様な独自のメッセージ、あるいはアイディアが各モデルで伝えられているかという点になります。幸いそうしたメッセージは各章において数式だけではなく日本語でも表現されていますので、理解は十分に可能です。そして同時に、そのメッセージを万人に正しく客観的に理解してもらうためには、このような方法、つまり「分析的」研究の手法を用いることが、現在分かっている限りでは最良であることが理解でき、そうした学術研究のために研究者がどれだけ知恵を出しているかに触れることができると思います。社会人の方にも一読を強くお勧めします。

引用文献
伊藤秀史 (2007) 「契約理論―ミクロ経済学第3の理論への道程」『経済学史研究』49巻2号.

───────────────
1 経営学においても、数理的に表現されたモデルを構築し、妥当性をチェックした上で問題解決に役立てるという領域があります。「オペレーションズ・リサーチ」という分野がそれにあたります。現在では、オペレーションズ・リサーチと経済学は目的が異なるのみで、手法的な境界は実質的には無くなっていると私は考えています。

2 契約理論はゲーム理論の一応用分野とみなされることがありますが、伊藤 (2007)は契約理論をゲーム理論から分けて、ミクロ経済学を構成する別の柱としてとらえるべきと記しています。私もこうした分類がより適切であると考えています。その詳細な理由は伊藤 (2007)を参照してください。

Copyright © 2012, 松井建二