Home -> MBA Square  
 
研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

利益の品質

北川教央

会計利益は、投資家の株式投資や債権者の与信、税務当局の課税など、企業をとりまく様々な利害関係者の意思決定に不可欠な重要情報です。ただし、会計利益情報を利用する際には、利益の水準(level of earnings)だけでなく利益の品質(quality of earnings)にも注目しなければ、誤った意思決定につながるおそれがあります。

たとえば、ここにA社とB社という2つの会社があったとしましょう。当期純利益はどちらも同じ100万円です。利益水準で判断する限り、両社は同等に評価できます。しかし、果たしてその評価は妥当でしょうか。

財務諸表を注意深く検討したら、A社は現金売上によって、B社は掛売上によって、それぞれ100万円の利益を計上していることが判明するかもしれません。もしそうであるならば、B社が計上した利益は資金的裏付けに乏しく、代金回収に伴うリスクを内包しています。したがって、情報利用者がB社を評価する際には、将来の貸倒れの危険性も織り込まなければなりません。

あるいは、A社とB社がともに信用販売によって利益を計上していたとしても、貸倒引当金の繰入れをめぐって両社には違いがあるかもしれない。もしも、A社が適正水準の貸倒引当金を繰り入れたうえで100万円を計上したのに対し、B社は利益捻出の目的で貸倒引当金を過小に設定した結果、100万円という利益水準を達成したのだとしたらどうでしょう。B社の利益には、経営者が裁量的に捻出した、企業の本来的な収益性とは関係のないノイズが含まれていることになります。そのため、B社を評価する際、情報利用者はA社よりも収益性を割り引いて評価する必要があるでしょう。

このように、両社の利益水準が100万円で同じであっても、その質的な内容すなわち利益の品質が異なれば、そこから推定されるリスクやリターンは相違するため、同等の評価が導かれるとは限らないわけです。これが利益の品質に関する議論の要諦です。近年、このような利益の品質を題材とした専門書が増え始めています。以下では、そのなかから興味深い2冊を紹介することにしましょう。

(1) 一ノ宮士郎『QOE[利益の質]分析』中央経済社、2008年

近年は学術雑誌でも特集が組まれるなど、国内外の学会で注目を集める利益の品質ですが、もとは実務界での企業分析から発展してきた概念であるといわれています。このような利益の品質に関する議論の歴史的な展開と、近年の学術研究の動向を知りたければ、まず本書を手に取るのが近道であると思います。本書は、実務界と学術界の両方の観点から、利益の品質に関する様々なトピックスをとりあげています。

まず本書では、EnronやWorldComなど、2000年代の相次ぐ粉飾決算事件によって失墜した財務報告の信頼性を回復させる過程で利益の品質が脚光を浴びるようになった経緯が述べられ、利益の品質に注目することの今日的意義が指摘されます。そのうえで、利益の品質という概念とその具体的な評価方法について、先行研究の渉猟を通じ詳細に整理をしています。利益の品質は多義的な概念であるから、先に述べた例のほかにも様々な観点から評価をすることが可能です。この点を踏まえ、本書では利益の持続性や保守性など、複数の評価尺度が検討されています。

本書で特に興味深いのは、企業評価を実践する際の利益の品質の有用性を、実際の財務諸表数値を用いて実証的に検証していることです。本書ではいくつかの具体的なケースを取り上げ、利益の品質が企業評価に役立つことを示しています。たとえば、カネボウの粉飾決算を題材に、利益の品質を考慮すれば財務面での危険信号をより早い段階から察知できていた可能性があることを示しています。また、自動車産業を対象とする分析では、トヨタ自動車と本田技研工業の利益の品質を比較し、両社には伝統的な財務諸表分析では把握できない興味深い差異が存在することを指摘しています。

(2) 中島真澄『利益の質とコーポレート・ガバナンス―理論と実証』白桃書房、2011年

利益の品質に関する興味深い検討課題の1つとして、利益の品質が企業や年度によって異なるのはなぜか、という疑問の解明が挙げられます。

このような検討課題を受けて、利益の品質の規定要因に関する研究が多数行われています。その結果、利益の品質は実に様々な要因によって影響を受け、決定づけられていることが分かってきました。これまでの研究では、たとえば(1)企業の諸特性(成長性や財務困窮性など)、(2)株式所有構造(株式持合比率や金融機関持株比率、外国人投資家持株比率など)、(3)各国の制度的要因(会計基準、法体系、投資家保護の程度)、(4)監査の質(監査法人の規模や監査報酬など)といった諸要因が利益の品質と関係を有することが明らかにされています。

本書もまたこれらの研究と同様、利益の品質の規定要因を分析した研究として位置づけることができます。本書は、内部統制報告制度が利益の品質の規定要因となりうるかについて、科学的検証を通じて考察したものです。内部統制報告制度は近年日本でも制度化されていますが、本書ではSEC(Securities and Exchange Commission)基準適用の日本企業を対象に、米国におけるサーベンス・オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act: SOX法)の導入が利益の品質に影響を与えたのかについて分析を行っています。SOX法の導入により内部統制が整備されれば、経営者の行動は規律づけられ、裁量的な行動は抑制されることが期待されます。前述のような、利益捻出を目的とした貸倒引当金の意図的な過小計上も減少すると考えられます。そうであるならば、SOX法の導入後において、利益情報は企業の収益性をより適切に反映するようになる、すなわち利益の品質は改善するはずです。本書は、先行研究の丹念な検討と精緻な分析を通じて、このような予想が妥当であることを示しています。

Copyright © 2012, 北川教央