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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

哲学を知る3冊

上林憲雄

 ビジネスで多忙な日常を送っておられる各位は、本格的な勉強が必要なことはわかっていても、仕事にすぐに役立ちそうな知識や情報を求めてしまいたくなることもおありでしょう。街の書店に出かけると、ビジネス書のコーナーには、実践にすぐに役立ちそうな書籍が毎週のように発刊され、山積みにされています。
 ただ、「すぐに役立つ情報」は「すぐに役立たなくなる」というのが私の持論です。ビジネス環境の変動が激しい昨今、むしろ重要なのは、一見するとほとんど「役立ちそうにない」情報です。以下の3冊は、ビジネスにすぐに役立つわけではありませんが、長期的に教養を身につけ、自分自身を相対化し、仕事への考え方を根幹から変えてみようとする際に有用な “哲学書”です。

1.内田 ( たつる ) 『修業論』光文社新書、2013年。
 哲学者で武道家としても著名な内田樹氏の書物です。厳しい市場原理に日々晒されるビジネス界と対極にある“修業”の世界。昨今では殆ど死語になっていると言っても過言ではありません。修業は「道」の世界です。弟子は師匠から何ら具体的に「どうすればよい」とも教えてもらいません。弟子はひたすら師匠のまねごとをするのみです。最初は師匠の言動の意味すら全くわかりません。しかし、そのうち“気づく”ことがあるのです。それがわかるまで、真似をし続けなければなりません。
 市場原理の原則は、売り手は最初から全情報を極力開示して、それに効用を見出し、買い手が価値を見出せば取引が成立する、そういう世界です。全く真逆の世界を知ることで、逆にビジネスとはどういう世界なのか、ビジネス世界とそうでない世界をどう自分なりに区別すべきなのかがわかります。

2.竹田 青嗣 ( せいじ ) 『自分を知るための哲学入門』ちくま学芸文庫、2011年。
 同名の書物は1990年に筑摩書房から刊行されていますが、手に入りやすい文庫本の方を紹介しておきます。「哲学」は小難しく自分には縁遠い存在だと感じている読者は少なくないと思います。本書は、現代社会につながる重要な“問い”が、いかに古代ギリシャの時代から哲学者達の頭を悩ませてきたかが、わかりやすい言葉を用いて説明されています。
 ビジネスの世界は、言ってしまえば「自社に利すること」を求める世界です。しかし、自分にとって良いことが他者にとってもよいことであるとは限りません。「ギュゲスの指輪」ほか、いくつもの古典的な逸話を通じ、またソクラテス、プラトンからカント、ヘーゲル、ニーチェ、フッサールやハイデガーに至る、誰も知る巨匠の着眼点をわかりやすく解説しながら、自分(自社)と他人(社会)との線引き、倫理的に行動することの意味など、自分と他人との接点、ひいては自分を深く知り他者と関わるための技法について論じられています。例えば、カントは倫理的に行動することが重要だと説きましたが、ヘーゲルはそこに“時間軸”を持ち込み、知識と教養を身につけることで人間はより高度な水準で行動できるようになると説いたことなど、平易な言葉で解説されています。

3.鈴木 大拙 ( だいせつ ) 著・上田 閑照 ( しずてる ) 編『新編 東洋的な見方』岩波文庫、1997年。
 現代はグローバル化全盛の時代で、1980年代に一世風靡した「日本的経営」という用語さえ安易に使うことが憚られる昨今ですが、そもそも「日本的」とは具体的にどういった意味内容を指すのか、論じられることはまずありません。何をもって日本的とか、アメリカ的とか、ヨーロッパ的とか、アジア的とか言われているのでしょうか。本書は、その最も基軸となる、西洋世界と東洋世界の根本的発想法の異同について触れられた書物です。
 鈴木大拙は、禅の道を歩みながら老荘思想や仏教思想など東洋の精神世界を体現した人物ですが、四半世紀にわたる海外での活動やアメリカ人との結婚を通じ、「東洋的なるもの」の固有の特徴に眼を向けた、最も初期の論客として知られています。本書には、1960年前後に書かれたエッセイが中心に収められていますが、現代社会でも通用する、そしてグローバル市場主義全盛の現代にこそもっと読まれるべき貴重な知見が詰まった一冊です。日本人のアイデンティティとは何か、グローバリゼーションとは何かを、深層レベルで思索するための糸口を探るのに適しています。西洋世界の“論理的”思考法(例えば、原因と結果の連鎖として物事を捉える因果関係的思考法、片方を上げればもう片方は下げざるを得ないとする“トレードオフ”的思考法等)は、東洋世界では必ずしも前提されません。グローバル化の時代には、世界統一の尺度と1つの土俵で競争しようとする発想になりがちですが、そもそも精神風土や思考様式それ自体が洋の東西で異なっていることに留意する必要があることを本書は教えてくれます。

Copyright © 2014, 上林憲雄