Home -> MBA Square -> 研究スタッフが選ぶ、オススメ図書  
 
研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

経営分野 教授 金井壽宏

 

一味違う人材育成論 (後編)

8.Book #3

3冊目の『職場学習論--仕事の学びを科学する』は、われわれが学ぶ場として、学校、MBAのクラス、研修の場だけでなく、職場がクローズアップされる。workplace learningという研究テーマがあるのに、経営学者はそれを見逃していた。わたしと同様に、教育学の世界から仕事の世界にも深い関心をもつようになった中原淳さんが、この問題を究めていこうとしていることが嬉しく、また、その研究プロセスで、神戸大学でMBAの科目も担当される松尾睦教授が、コラボレーションされていることもうれしい。日々仕事をしている場において、その場で出会う人びと、相互接触する人々との関係性のなかで、自分も伸びてきたし、今度は、自分がうまく仕事を与えて、薫陶を与えるなかで、自分の職場からどんどん若手が伸びるようになったら、神戸大学MBA修了者冥利につきることだろう。ちなみに、中原さんとわたしとは、『リフレクティブ・マネジャー―一流はつねに内省する』(光文社、2009年)がある。中原さんが、東京大学の福武ホールという場に、どのような学習の場(ラーニング・バーと呼ばれている)を創出しているかを、つぎの書籍で読むだけでなく、実際に訪ねてみてほしい(百聞は一見に如かずだが、すぐにラーニングバーに行くことが難しいと思うひとは、つぎの書で誌上体験もできる―中原淳『知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続けるラーニングバーというしくみ』英治出版、2011年)。学ぶ場としての、職場は、また、学部時代の大学、そして、MBAの講義やラーニング・バー、現代経営学研究所のワークショップやシンポジウムなどとは、また違う意味合いをもっている。学ぶことの多様性を考えるために、職場は欠かせない調査対象であり、働くだれもが日々過ごす場所である。職場とは学習という点からなになのかについて、考えてみる素材にしてほしい。『職場学習論』を上手に読もうと思ったら、職場が他の学習の場とどのように違うかを考察することである。職場学習論の提唱者のひとり(ジョゼフ・A.ラエリン)が、そこしかしこにリーダーのいるリーダーだらけの組織(リーダーフルな組織)という概念の提唱者でもある点が、わたしには興味深いところだ(英語に抵抗がないひとは、つぎを読まれたい―Joseph A. Raelin, Creating Leaderful Organizations: How to Bring Out Leadership in Everyone, Berrett-Kohler, 2003)。伸びるひとを増やすには、職場を学習環境として優れたもの進化させ、同時に、職場からより多くのひとが、自分の頭で考えて、イニシャティブのとれるリーダーに育て上げることである。

9.Book #4

4冊目は、eurekaではなくて、かつて『Business Insight』で、紹介したことがあるので、また、内省的実践家の概念そのもの上記に述べたのでさらりと紹介するに留める。そのときに紹介したのは抄訳であったが、名著であるので、抄訳は残念だと思っていたところ全訳が出た。『省察的実践とはなにか―プロフェッショナルの行為と思考』と題された邦訳の原著のメインタイトルは、Reflective Practitionerである。学ぶひとは、内省力、省察力にすぐれている。ひとつ内省的実践家ならできる、行為中の内省と、行為後の内省について、例示をあげさせてもらおう。

もう20年ぐらい前だろうか、ハーバード・ビジネス・スクールで、「ペプシvsコカコーラ」というアンディ・ピアソン氏(元ペプシコ社の副社長)が作成したケースを、本場のハーバード・ビジネス・スクールのクラスでとりあげ、ディスカッションをリードする竹内弘高先生の講義をオブザーバ参加させてもらったことがある。インターラクティブに教えるということはどういうことかについて、迫力のある、また、深く長く心に残る観察経験として、わたしの学習の歴史のなかに刻み混まれた。20年ほど過ぎても、新鮮な記憶として、そのときに学ばせてもらったことは、ずっと、昨日のことのように思い出せる。

クラスには、元コカ・コーラ カンパニーにいたMBA院生、元ペプシコ社にいたMBA院生がひとりずつ受講生にいる。やりにくいといえば、やりにくい。やりがいがあるといえば、いい緊張感がある。竹内先生はクラスのやりとりのため10時間準備され、教室には学生より先に入る。非常に活発なやりとりがあり、感銘した。先生方はその日の夕食をごいっしょしてくださり、ケースリードの仕方について、様々なことを教わった。

そして、驚いたことに、竹内先生はこの日のクラスの終わったあと、さっそく全員のグレーディングをしただけでなく、2名にレターを書いたということだった。1名は、日本人のMBA院生で発言がまだ一度もない。レターはいわば警告で「教員が日本人だからといって、日本人に甘いわけでないので、なめてはいけない。真剣に取り組んでほしい」という内容の学内便(まだ、電子メールがない時代だから)であった。もうひとりへは、「今日の講義では、最初に手をあげたことに、2回気付いたのに、そのときはあてなかった。その後であてようと思ったら手があがらなくなった。手をあげたのに気付いたのにすぐにあてなかったわたしは黄金の瞬間を逃した。わるいのはわたしだ。次回、手が上がれば、必ずいちばんに当てるよ、がんばって」という内容の学内便を出されたそうだ。

ここで、ドナルド・ショーン氏の概念を使わせてもらうと、インターラクティブに講義をしながら、「トムが手をあげているのにあてなかったなぁ、しまった」と思ったら、これが行為中の内省(reflection in action)で、講義が終わったと研究室でレターを書きながら、「あのときに、さきほど2回手をあげていたが、・・・と声をかけるという手もあった」と内省すれば、これは、行為後の内省(reflection on action)、それも、行為中にあのように内省したことに関する内省にもなっているという意味では、「<行為中の内省>についての行為後の内省」(reflection on reflection-in-action)つまりは内省の内省とういことになる。

今は亡き、ドナルド・ショーン教授は、後に、ハーバード教育大学院とハーバード・ビジネス・スクール兼任であったクリス・アージリス教授とともに、二重ループ学習という概念を生み出すが、その淵源のひとつが、より適切な将来のアクションにつながる「内省の内省」「学習の仕方そのものの学習」である。伸びる人をふやしたいと思ったら、ドナルド・ショーンやクリス・アージリスも読まなければならない(例によって英語の達者なMBA院生、そして他の院生は、つぎも読まれたい。 Chris Argyris and Donald Schon, Organizational Learning: A Theory of Action Perspective, Addison-Wesley, 1978)。英語がよくできるひとでも読むのがたいへんだが名著である。

10.Book #5

中原淳さんが絶賛される上田信行さんの『プレイフル・シンキング―仕事を楽しくする思考法』を、今年、学部4年金井ゼミで始めてとりあげた。わたしの大好きなキャロル・ドゥエックの学説が基盤にあることもあって、心に入りやすく、ゼミでも非常にいい議論ができた。課題に直面したときに、できるかどうかを問うひとと、どうやったらできるかを問うひとがいる。後者は、ドゥエック氏がオススメのマインドセット(心の持ちよう)である―キャロル・S.ドゥエック『「やればできる」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』小西康子訳、2008年、草思社、も併せて読もう!)。著者の上田先生自身は、ハーバード教育大学院のPhDであるが、決定的な原体験は、米国において、セサミ・ストリートの制作現場を見たときに、みんなが楽しく(プレイフルに)仕事をしていたことである。この書籍は、アイデア豊かで、ポイントごとに、心温まるイラストの漫画で要約があり、書いたひともまた、プレイフルに考え、学ぶことができるひとだというのがひしひしと伝わってくる。学習環境のデザインというのは、学びの場である大学、職場、そして、それ意外の様々な空間でも実験されるべきで、吉野にあるネオ・ミュージアムを訪ね、学びの装置でもあるこのミュージアムの、1階「経営のフロア」、2階「内省のフロア」、3階「意味づけのフロア」も訪ねたいものだ(写真は、たとえば、つぎを参照。 http://www.skunkworks.jp/genryu/991)。わたしの共著者でもある中原淳さんが、尊敬してやまない方である。
 「伸びる人間を増やす」という大テーマに楽しく挑むには、プレイフルに考え、学習するにしくはない。

11.番外編

以上が、5冊のオススメの書籍とそれにかかわる若干の関連書籍の紹介であった。最後に、番外編といいうる2冊を紹介しよう。これはクリエイティブな読書法のために、編集工学的に多読する人間たちがするノウハウの伝授でもある。

番外編その1は、いわば、破天荒に自分を磨くという意味で、伸びるひとを増やすヒント満載の、つぎの書籍である。村上ポンタ秀一著『自暴自伝―ポンタの一九七二→二○○三』文芸春秋、2003年。
番外編その2は、バーのマスターとしての振る舞いをマスターするうえでの、こだわり方について書かれた、文章もたいへんに美しい著書で、吉村喜彦著『マスター。ウィスキーください―日本列島バーの旅』コモンズ、2011年。 言いたいことはおわかりだろう。伸びるひとを増やすというテーマで、文献を皆さんが自分で探すときに、一見、そのテーマと関連のなさそうなところに豊かな素材を見いだす方法がある。つまり、仕事の世界の学び、仕事の世界で伸びるひとを増やすというテーマでも、自分の趣味や友達や知人にかかわる世界も見ることが大事だということである。わたしの場合、ドラムスがもっとうまくなりたいので、中学のときからファンであった村上ポンタ秀氏が自叙伝を書けば、当然そのなかに、熟達、つまりドラムがうまくなる、自分が伸びるというストーリと、どうやって若いドラマーを伸ばすか、というテーマが出てくる。ポンタ氏の教則映像教材(いちばんのオススメは、『ドラミング・スピリッツ』だが、DVDになっておらず、アマゾンでもリストになった、残念)も併せて見れば、内省的実践家の意味がいっきにわかる、自分がうまくプレーできる理由を対話のなかで言語化できるひとは、自分を伸ばすだけでなく、周りのひとを伸ばすことができる。

もう1冊は、11名のバーテンダーへの極上のインタビューに基づく書籍で、書き方を少し変えれば、仕事エスノグラフィーとも呼ぶべき作品だが、著者自身が元サントリーの社員であったので、観察は深く、インタビューもあらゆる機微を見逃さない。文章もうまい。バーという場が、お客さんが、そして、サントリーの営業担当者が、また先輩のバーテンダーが、伸びるバーテンダーを育ててきた。師の薫陶だけでなく、ほんとうにお酒の嗜み方を極めた客が、バーテンダーを育てるという面もあることがよくわかる。また、お客さんは相手をすればいいというものでなく、「客のことを上手にほっておく」という匠の技も学ばなければならない。ほんとうの「良い加減」とは、手抜きのことを言うのではなく、周りのことをすべて引き受けるという意味での「良い加減」なのだ。著者は、「バーテンダーの対応には『良い加減』が必要なのだ」(141頁)という。ハーバード・ビジネス・スクールのディーン(研究科長)のニッティン・ノーリアなら、脈絡的知性(contextual intelligence)の一種というかもしれないが、これこそ、ノーリアが、経営者に最も必要なものと強調するものである(この点を極めてかったら、大部の書籍だが、つぎを枕元の眠り薬に、Anthony Mayo and Nitin Nohria, The Greatest Business Leaders of the Twentieth Century, Harvard Business Press, 2005)。

12.エピローグ

さて、50冊や500冊の紹介はより簡単だが、5冊ぐらいの紹介となると難しいわけがおわかりいただけただろうか。わが敬愛の松岡正剛先生が、千夜千冊というプロジェクトで、3年以上も毎日書評をしていた。この壮大な企ては、1冊ずつの本を単独に紹介するのではなく、1000冊が松岡氏の頭にどのように編集工学的にコネクトし合っているかを、読者に垣間見させることであった。しかし、そのようなことは、冒頭にあげた、河合隼雄先生、松岡正剛先生、野田正彰氏などのみ、よくなし得ることで、わたしのような人間にはできない。ちなみに、千夜千冊のなかで取り上げられた経営学の書籍は1冊しかない554夜の本だ。それは、『ニューウェーブ・マネジメント』創元社、1993年、『変革型ミドルの探求』(白桃書房、1991年)、『ウルトラマン研究序説』(中経出版、1991年)に続く、わたしの3冊目の書籍だ http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0554.html)。

1000冊を超す本をすべて相互に関連付けるというはたいへんなことだが、書籍は、1冊ずつスタンドアローンで存在するのではなく、文献同士をどのように相互に関連づけるのか、一見関連のない分野に自分のテーマにかかわる文献があれば、そこにどうやって網をかけるのか、自分が好きな分野、長くこだわっている分野と、取り組んでいる研究テーマを、いかにしてつなぎ合わせるのか、これらの問はすべて、創造性と想像力にかかわる。MBAで専門職学位論文を書くときも、文献と文献が、そして文献の群れがご自分の想い、知的関心、実践とうまくネットワーク状に交錯するようにして下さい。

「伸びるひとを増やす」というようなテーマは、相互に関連づけない限り、よい文献リストが、できあがらない。それが土台になければ、自分ならではの創造的で実践的な専門職学位論文はできあがっていかない。逆にいえば、少し違う分野にまで遊ぶ勇気が、編集工学的には、イノベーションをもたらすと言ってよいであろう。わたしの、企業者ネットワーキングの研究(『企業者ネットワーキングの世界??MITとボストン近辺の企業者コミュニティの探求』白桃書房、1994年)をご存知のMBAの方々なら、ここで、マーク・グラノベター氏の「弱連結の強み」というパラドクス、つまり、弱くしかつながっていないことが、かえって意外性、創造性をもたらすという社会現象を想起されたら、それはまた、非常にクリエイティブなことだ。

 
【前編】へ
 
(Copyright © , 2011, 金井壽宏)