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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

経営分野 教授 金井壽宏

 

一味違う人材育成論 (前編)

1.組織行動論、産業組織論、ミクロ組織論、心理学というような分野

わたしの研究教育分野は、組織の中の人間行動(human behavior in organization)、略して組織行動(organizational behavior)と呼ばれる。同僚の高橋潔教授とよく、この分野の中心テーマを2個あげれば、モティベーションとリーダーシップ、もう少し欲張って3個あげるなら、これにキャリアが加わるのではないかと話し合っている。組織行動論にその隣接分野(マクロ組織論など)を加えると、トピックとしては、官僚制化の度合いなどを扱う組織構造、職能別組織や事業部制組織やマトリックス組織というような部門化の方法、コンフリクトやその解決といった組織プロセス、組織変革と組織開発、組織文化と集団風土、組織全体の環境への適応といった問題が、あげられる。マクロ組織論、制度論、組織社会学等になると、大昔はわたしもたくさん読んでいたが、今は、松嶋登准教授にはかなわない。広くは組織論、そのなかでも、ミクロ組織論とか組織行動論と呼ばれるのが、鈴木竜太准教授、高橋潔教授とわたしの専門領域だ。しかし、わたしが、心理学に興味が深い経営学者であるのに対して、高橋教授は、心理測定法や尺度の開発にも詳しく、そのアイデンティティは、産業組織心理学者である。

2.今書いている、熟達化に関する本

さて、いま、わたしが取り組んでいるつぎの著作は、京都大学の認知心理学者の楠見孝氏とのコラボレーションで、熟達化と実践知に関する共編著となる。わたしひとりが皆を待たせている最終章が仕上がれば、この夏ごろには有斐閣から出る予定である(書名は未定)。これにまずふれた理由は、どのような観点から、eurekaをご覧になる皆さんに、意味のある本を選定したかを、述べたかったからだ。組織の中の人間行動という分野が扱うどのトピックにも、この楠見氏との共編著の本が扱う熟達化と実践知という視点が絡んでくことをまず強調しておきたい。

たとえば、モティベーション論でも、実践にあてはめようとしたときに、やる気を自ら鼓舞して、モティベーションを喚起する方法を自分なりによくわかっているひと、やる気という点で、「今日はさえないなぁ」と思ったときには、気分転換を図ることなども含め、モティベーションを自己調整することが上手なひとがいる。いわばモティベーションの達人である。わたしの知人でも、株式会社リンクアンドモチベーション社の創業者で社長の小笹芳央氏は、そんな達人のひとりだ。

リーダーシップに目を転じても、一見勇猛に大声で旗をふれども、後ろを振り向けば、だれもついてきていないというリーダーシップが有効に発揮できないひともいれば、フォロワーたちの間に静かに着々と信頼を築いていって、振り向けば、けっこう難しい課題に対しても、皆が喜んでついてきてくれるようになっているというおだやかなリーダーシップの達人もいる。キャリアについても、自分がうまく節目の選択ができていて、他の仲間や若手のキャリアの相談にうまく乗れるひともいれば、キャリアのデザインをうまくできず投げやりな生き方、働き方に陥ってしまっているひともいる。一見なりゆき任せに生きているようなのに、実行重視で偶然も生かしながらよいキャリアを切り拓いていくひともいる。このような状況で大事なのが、熟達化と実践知であり、それをマスターすれば、自分がモティベーションをうまく操り、リーダーシップも発揮しながら、よいキャリアを歩むだけでなく、周りのひとにもよい影響を与えられるようになり、ついには「ひとを伸ばす」伯楽の境地に近づけるというものだ。

ちょうど、入門するだけでなく、上達していきたいというタイプの趣味やスポーツにおいて、熟達化というテーマがあるように、組織行動にかかわるテーマひとつひとつに、それがうまくできるひとの特徴はなにかという熟達研究の余地がある。ギターでも将棋でもテニスでも、楽しめればそれでいいというレベルではなく、入門したからには、上達したいという情熱の高いひとは、熟達化というテーマがもつ意味合いを即座に理解してくれることだろう。

しかし、今回このコーナーで紹介するのは、熟達化研究そのものにかかわる5冊ではない。これから出す熟達化に関する本の最終章を仕上げながら気付いたのは、どのような分野においても、熟達化が極限までいくまでに、なんとか一人前、やがて達人と言われるようなレベルに達すると、一方で、その分野でリーダーシップを発揮するという問題と、他方でその分野の若手、自分より後に熟達をめざす世代の育成という問題が立ち現れてくる。

3.つくるひとを増やす、そして、伸びる人間を増やす

わが敬愛の柳澤大輔氏(面白法人カヤックの創業者で代表取締役)の抱く経営理念は、「つくる人を増やす」という言葉に結晶されている(その内容が気になったひとは、つぎのウェブサイトをご覧下さい http://www.kayac.com/vision/)。

そこで今回、このコーナーでわたしが目指すのは、この柳澤氏の理念にならって、「伸びる人間を増やす」ために役立つ著作をいくつかあげてみたい。

なにかを教わりながら、能力を磨いていくのは、学校にいる間だけのことではない。われわれは、仕事の世界に入ってからも、以前ではできなかったことが少しはできるようになったり、それどころか、以前よりはるかに上手にできるようになるという経験をすることがある。そんなときに感動を覚えることができる。そこで、「伸びる人間を増やす」という大テーマを、教え方、助け方、学び方、うまくなり方、伸びるための内省の仕方という面から述べていきたい。

4.50冊の本をあげるのは簡単だが、5冊というと難しいという博学の師

編集工学という世界を切り拓き新著が出る度に驚かされる松岡正剛氏も、学部からの恩師の亡き河合隼雄氏も、こちらから勝手に弟子になっている(つもりの)博学の師、野田正彰氏も、皆博識主義者である。伸びる人間を増やすためのテーマで、これらの先生方に、5冊選んでもらったら、どういう組み合わせになったことだろうか。3名とも口を揃えて、50冊とか100冊とか紹介するのは簡単だが、5冊というのは難しいと言われるかもしれない。あるいは、わたしの留学中の師、エドガー・シャイン氏なら、相手がなにを知りたいか、今回のテーマなら、なにを伸ばしたいのか、個別のニーズがわからないのに、4、5冊を選ぶのは、とても難しいと言われるかもしれない。

わたしたち教員と院生との対話でも、相手がMBA専門職学位論文との関連でなにを求めておられるのかがわかれば、1冊に絞り込んで、書籍をお伝えするのも、しばしばわりと簡単なこともあるが、紹介する相手の顔が見えないのに、なんでもご自由に、オススメの本4、5冊あげろというのは、やや困ったところもある。オーディエンスの顔が見えないと語りにくい。

5.紹介する5冊のラインアップ

だから、具体的なオーディエンスをイメージして5冊を選びたい。ちょうど、来年度後期から再来年度にかけてMBAの演習を担当する年度でもあるので、金井ゼミに入ってOBで、組織の中の人間行動について学びたいと思うひとを前提に、「伸びる人間を増やすための」5冊を紹介していきたい。

前置きが長くなったが、まず、その5冊のラインアップをあげよう。

  • 1 教え方について。ロバート・J. スタンバーグ編著(宮本博章・道田泰司編訳)『アメリカの心理学者 心理学教育を語る--授業実践と教科書執筆のためのTIPS』北大路書房、2000年。
  • 2 助け方について。エドガー・H.シャイン著(金井真弓訳)『人を助けるとはどういうことか 本当の協力関係をつくる7つの原則』英治出版、2009年。
  • 3 (ともに学ぶ)学び方について。中原 淳著『職場学習論--仕事の学びを科学する』東京大学出版会、2010年。
  • 4 内省の仕方について。ドナルド・ショーン著(柳澤昌一・三輪建二訳)『省察的実践とはなにか--プロフェッショナルの行為と思考』鳳書房、2007年。
  • 5 総合的に、楽しく考え学ぶために 上田信行『プレイフル・シンキング-仕事を楽しくする思考法』宣伝会議、2009年。

6.Book #1

まず、一冊目の、『アメリカの心理学者 心理学教育を語る-授業実践と教科書執筆のためのTIPS』という書籍は、「伸びる人間を増やしたい」と願っているひとであれば、経営学を学んで、よく成長したなぁという人間を増やすうえでも、心理学を学んで、その結果それを応用してよい人生を送ったなぁという人間を増やすうえでも、学ぶ領域を問わずヒントの多い本である。わたしがいちばん感銘したのは、心理学のコンテンツを教えるより、心理学者のように考える方法を教えることが大事だと、複数の力のある心理学者がこの書籍で強調していることである。 

最も明示的に、そのことを高らかに主張しているのは、イエール大学で実践知と熟達化、さらには叡智の研究で名高いロバート・スタンバーグだ。彼は、第9章で、心理学の入門コースで教えることは、「心理学者のように考える方法を教える」ことだとはっきり述べるばかりか、このフレーズそのものを自分が書いた章のタイトルにしている。スタンバーグが学生に入門してほしいと願うのは、コンテンツとしての心理学でなく、プロセスとしての心理学だといってもよい。また、この書籍の大半の寄稿者が、俗説と同時に、教科書に書いてある理論でさえ、その理論の作られ方を批判的に見ると同時に、その理論が意味する実践的な意味合いを、自分の経験や観察に引き寄せて、現実と照らし合わせて理論の妥当性を、自分の頭で考えて、批判的に思考しながら学ぶことこそ大切だということが強調されている。このことを最もはっきりと述べているのは、ダグラス・バーンスタインで、彼は、心理学入門講義を学ぶ意味をつぎのように整理する。

  • クリティカル思考に基づく実証科学として心理学を描写する
  • ダイナミックな知識として心理学的知識を描写する
  • 心理学が広範で多様であることを描写する
  • 能動的な学習を促す
  • 日常生活における心理学の重要性を強調する
  • 統合された学問領域として心理学を描写する

この6点である。神戸大学のMBA院生、あるいは社会人PhDの院生の方々のみならず、一般大学院生も、経営学部の学生も、この箇条書きを見ながら心理学を経営学と読み替えてみて、自分と自分の身の回りのひと、そして、自分の指導教員にどれくらいあてはまるか考えてみてほしい。MBAの方々だけにあてはまるわけではない点にも注目したい。神戸大学でも、学部の学生さんに、経営学入門の講義をおこなっているが、この6点は、経営学にもけっこうあてはまるように、わたしには思われる。皆さんはいかがであろうか。この書籍への寄稿者の大勢が指摘するクリティカルな思考は、後でもふれるが、ドナルド・ショーンの内省的(省察的)実践家を読まれたことがあるなら、自分がやっていることの意味を行為しながらでも、そしてもちろん行為の後、しっかり内省できるような人物の思考法でもある。

実は、神戸大学大学院経営学研究科のようにリサーチ・ベースド・エデュケーション(最先端の研究をMBAのような実践的な研究の場に持ち込み、実践家との議論を深めることが、次のステップの研究を伸ばしていくという考え)、また、バイ・ザ・ジョブ・ラーニング(BJL)でやっているので、つぎのようなさらに深い洞察が得られる。ここで、BJLとは、2年間、働くことを辞めてMBAに入るより、現場で働きながら、自分の会社、自分の仕事で最も実践的な問題をMBAのクラスやゼミの場に持ち寄って、それを教員、仲間やゲストといっしょに実践的に(自分の職場や自分の組織を変えるつもりで)学習するときに、研究としても教育としても最も先鋭となるという学習法を指示するものである。

神戸大学MBAの院生の方々は、ただ単に「経営学のコンテンツを学ぶ」のではなく、「経営の知が生まれるプロセスを、経営学者のように学ぶ」ことが第1段階で、さらにもっと大事なことは、「経営の知を自ら生み出すプロセスを、経営者がそれをおこなうように学ぶ」こと、指導教員とのコラボレーションがうまくいけば、「指導教員(経営学者)がすぐれた経営者がどのように考え行動するかを、描き出すプロセスを学ぶ」ことにもつながっていく。そのような学習法がありえるのである。その境地まで辿り着けば、もうしめたものだ。しめたものだというのは、わたしが毎年、MBA修了者に申し上げていることだが、このような形で経営学を実践的に学ぶことに入門したひとの「学びのエンジン」は、一生周り続けるということだ。だから、基礎学問分野の心理学者が、「心理学者のように考える方法を教える」のだとしたら、われわれ実践的応用学問分野の研究者も、MBAを取得して「経営学者のように考える方法を学んだ」MBA取得者も、自分も学び続けるだけでなく、まわりのひとたち、とりわけ自分よりも若いひとたちに、「経営学者のように、さらにもっといえば、経営者のように考える方法を教える人間になってほしい。

7.Book #2

2冊目の『人を助けるとはどういうことか--本当の協力関係をつくる7つの原則』は、eurekaの自著紹介でも取り上げているので、詳しくは再度、述べる必要はないだろう。

伸びる人間を身の回りに増やすためには、そのひとたちとどのように接することが、相手に意味のある支援となるか、について洞察が深まっていなければならない。伸びてほしいと願うひとたちは、主として自分より若いひとたちであることが多いだろうが、彼らの学びを支援しようと思ったら、彼らにどのような支援をどのような形で提供するのが最も適切なのか、という問に注意深い人間にならなければならない。子どもが伸びるのを支援する場面での、すごく初歩的な問だが、「パパ、数学のこの問題の解き方を教えて?」と聞いてきた娘に、数学的な解法や証明だけ教えて、「はい、いっちょうあがり」と言っている場合ではない。ほんとうは、数学を解いてほしかったのではなく、パパともっと深いレベルで話をしたかったかのかもしれないし、具体的には、就職先に悩んでいるので、仕事の世界に入ることがどういうことか聞きたかったのかもしれない。そんなときに「数学を解いてあげた、わはは、おれは賢い」などと笑っている場合ではない。

MIT時代のわが恩師のシャイン教授のこの書籍、原著のタイトルは、一言、「Helping」。この本の特徴は、どうすれば、ほんとうに意味のある形で、相手を意味ある形で支援できるかについて、プロセス・コンサルテーションという彼独自の組織開発手法を踏まえて、著述している点だ。この本でのキーワードは、「unhelpful help」、つまり、「相手の支援にはつながらない支援」である。自分を伸ばすだけでなく、周りにいるひとの成長、発達、熟達を支援したいと思ったら、相手がなにを求めているのか、アクティブに聞き出す力が肝要である。

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