Home -> MBA Square -> 研究スタッフが選ぶ、オススメ図書  
 
研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

人材ポートフォリオ  教授  平野光俊

 

1990年代の日本企業の労働力活用方法の変化を振り返ったとき、その最大の特徴は正規社員以外の労働者、すなわちパートや契約社員など「非正規社員」と、派遣や請負など「外部人材」が増えたことでしょう。その変化を駆動したのは、日経連が1995年に発刊した『新時代の「日本的経営」』です。日経連は、その中で、日本的な雇用慣行の基本方針、つまり長期的視点に立った人間中心(尊重)の経営は堅持しつつも、リストラの推進と賃金の高コスト体質改善への対応を不可欠と捉え、「長期雇用者と短期雇用者を組み合わせた雇用ポートフォリオ」を、これからの雇用システムの改革の方向として示しました。

しかし、このような雇用期間の長短を労働者の類型化の第一義の機軸に据えることは、いささか問題含みでした。なぜならば、第1に、「雇用」という概念には派遣、請負、アウトソーシングは含まれていない。現代の企業の実態に鑑みれば、直接雇用しないが同じ職場に働くこれら「外部人材」の活用も射程にすべきでしょう。第2に、「雇用ポートフォリオ」における労働者のグルーピングは、労働者それぞれの「戦略達成の貢献へのあり方の違い」を無視している。労働者を類型化するのであれば、その技能が当該企業のみに有効な企業特殊技能なのか、どこでも(市場)で通用する汎用的な技能なのかという観点が重要です。また労働者が担う仕事の価値が企業にとって戦略的に重要なのかどうかということを考慮することも必要でしょう。第3に、労働者の類型管理がどのようなタイプの便益と費用をもたらすのかに対する理論的な説明がないことです。特定のポートフォリオが良好なパフォーマンスをもたらすことの正当性を裏付けるロジックを示さなければ「理論に基づいた実践」として社会に定着しないでしょう。第4に、労働者のタイプに応じて適合する人事施策の全体像を示していない。つまり労働者タイプごとに、獲得、育成、評価、動機づけといったさまざまな人事施策のあり方を検討し、さらにグループ間のつなぎ方(協働のあり方)を議論すべきでしょう。

このような雇用ポートフォリオの不十分な点を改良して、労働者類型管理のあり方を理論的・実践的に捉えようとするのが、近年活発に議論されるようになってきた「人材ポートフォリオ」という考え方です。「人材ポートフォリオ」は、人的資源管理の研究および実践において比較的新しい考え方です。したがって日本語で読むことができる良書は少ないのですが、この問題を深く考えたい人に多くのヒントを与えてくれるものとして、以下の2点をご紹介したいと思います。

アラン・バートン=ジョーンズ著(野中郁次郎監訳 有賀裕子訳)『知識資本主義―ビジネス、就労、学習の意味が根本から変わる―日本経済新聞社2001年。

著者は、ITおよびマネジメントの分野の著名なコンサルタントです。したがって内容は実践的な啓蒙書になっていますが、その主張にはしっかりとした理論的裏づけがあります。まず著者は、企業の経済活動において重要なのは、労働、貨幣資本、原材料といった従来型の生産要素ではなく、「知識」が取って代わったという前提をおきます。不熟練労働者に対する需要が急速にしぼむ一方で、技能や知識に対する需要は急増し、「労働の供給」よりもむしろ「知識の供給」が重要課題となってきている。だから企業と労働者との関係は、企業が将来にわたって知識を利用するための手段として位置づけることが有効であると唱えます。その具体的な展開として、人材を3つの「社内の知識サプライヤー」(中核グループ、準中核グループ、周辺グループ)と、4つの「社外の知識サプライヤー」(自由契約社員、依存型コントラクター、自立型コントラクター、仲介サービス業者)に分類し、それらの有効な活用・育成について論じています。

知識資本主義に時代にあって、価値創造のベースとなる知識タイプ、およびそれを保有する人材タイプを分類した上で、それらをいかに戦略的に組み合わせていくのか、同時にいかに適切なインセンティブを人材タイプごとに提供していくのか。本書に貫かれた戦略的な「人材ポートフォリオ」の発想を参考にしてください。
 

大久保幸夫編著 リクルートワークス研究所協力正社員時代の終焉―多様な働き手のマネジメント手法を求めて―日経BP社、2006年。

「人材ポートフォリオ」が戦略的であるためには、それが企業の経営戦略とうまく整合していることが不可欠です。経営戦略の構成要素は(1)ドメインの定義、(2)必要な経営資源(独自の知識・能力)の蓄積、(3)蓄積した経営資源の競争優位的な展開、です。この3つに基づいて考えれば、企業の内部にどのような独自の能力・知識をどの程度保有する必要があるのか、そのような独自の能力・知識を労働者が習熟するにはどの程度の期間が必要なのかといった基準を考える必要があります。そしてこの基準と雇用契約を結び付けて考えたとき「正社員」とは何かが改めて問われます。つまり、戦略的な「人材ポートフォリオ」を実現するためには正社員を再定義する必要が出てきます。

『正社員時代の終焉』は上記を考えるのに多くの示唆を与えてくれます。とりわけ内田恭彦氏が担当した第3章「何を企業の中に残すべきか?」は、正社員の再定義に取り組みながら人材ポートフォリオの具体的実践を理論的に検討しています。具体的には、労働者に要求する知識の「企業特殊性」と「知識レベル」の2つの軸で描かれる4象限のマトリクス上で、正社員、非正社員、契約社員、アウトソースの配置のあり方を考察しています。さらに取引費用(人材の内部化と外部化において派生する便益と費用)の観点から、各象限の細分化を施しています。日本企業のよい特質である内部育成のダイナミクスを考慮した「日本的」な人材ポートフォリオの論考という点で、この分野におけるアメリカの研究者の考え方と一線を画しているところが特筆されます。
 

さて、冒頭に申し上げたように「人材ポートフォリオ」には「理論に基づいた実践」が不可欠です。上記の2点はその点をクリアすべくいくつかの理論を用いて主張の正当性を担保しています。したがって「人材ポートフォリオ」をさらに深く考えたい方は、「取引費用の経済学」「エージェンシー論」「人的資本論」「資源ベース論」といった「人材ポートフォリオ」の主張の基礎となっている重要な理論を学習することをお勧めします。日本語で読めるものとして以下の図書を参照してください。

オリバーE.ウィリアムソン著(浅沼萬里・岩崎晃訳)市場と企業組織日本評論者1980年。

ポール・ミルグロム ジョン・ロバーツ著(奥野正寛・伊藤秀史・今井春雄・西村理・八木甫訳)組織の経済学NTT出版1997年。

 

ゲーリーS.ベッカー著(佐野陽子訳) 人的資本―教育を中心とした理論的・経験的分析―東洋経済新報社1976年。

 

ジェイB.バーニー著(岡田正大訳)企業戦略論―競争優位の構築と持続―【上】基本編ダイヤモンド社2003年。

 

( Copyright © , 2007, 平野光俊)