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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

"新しい組織"のあり方

服部 泰宏

 いま世界中で話題になっている『ティール組織(原著はReinventing Organizations)』(ラルー, 2014)という書籍を紹介したいと思います。「ティール組織」とは、(1)セルフマネジメント(ヒエラルキーに基づく命令ではなく、ピアとの関係性の中で自ら行動すること)、(2)ホールネス(組織が定義した狭い役割の中に押し込められるのではなく、自分の能力、自分の価値観、自分の性格の全体を組織の中へと持ち込むこと)、(3)進化的目的(特定の固定的なミッションではなく、状況に合わせて、またメンバー自身が追求したい目的に合わせて、全体の目的が変動すること)という特徴を持つ「新しい」組織のあり方として、著者のラルーが提唱するものです。組織はしばしば、規律正しい「軍隊」、中央制御の行き届いた「機械」などに例えられてきたわけですが、ティール組織は、中央からの指令なしに常に部分が変動するという意味で「生物」のような組織だと、筆者のラルーは言います。

 少し経営学を学んだ人であれば、ティール組織の議論は、過去に何度となく繰り返されてきた組織民主主義(仮想敵は「権威主義的組織」)の議論、経営管理のイノベーションの議論(仮想敵は「マックス・ウェーバー以来の「官僚制組織」の議論)、有機的組織への転換の議論(仮想敵は「機械的組織」などと、多くの点において共通していることに気づくと思います。面白いことに経営学においては、何年に一度の周期で、「新しい組織の形が登場した!世界が変わる!」という議論が繰り返されてきたのです。「ティール組織」の議論がこうした過去の議論の単なる焼き直しであり、過去にもしばしば起こった「新しい組織が現れるという幻想」でしかないのか。この点に決着をつけることは、ここではしません。

 私がこの本に注目したのは、それが過去の議論の焼き直しであろうとなかろうと、新しい「組織」のあり方を論じていながら、同時に、組織の中の個人の「自由」や「幸福」や「成長」の問題を積極的に論じているからです。いずれも現在の「働き方改革」に関わる議論においても重要な論点となっているものばかりですが、近年の経営学の中で決して積極的な扱いを受けてこなかった重要な問題ばかりだと思います。

 実はこうした議論も、過去を紐解けば経営学の中にしっかりと組み込まれていたのです。例えば、経営学の中に組織の中の人間行動に注目する研究が花開き始めた1960年頃、研究者たちは、組織成果と個人の自由や幸福とをどうやって両立させるかということを真剣に議論していました。有名なクリス・アージリス、アブラハム・マズロー、ダグラス・マグレガー、レンシス・リカートらの議論です(詳しくは金井壽宏(著)『経営組織』などをご覧ください)。彼らの時代には、個人の「自由」や「幸福」や「成長」の問題が経営学のど真ん中に位置付けられていたわけですが、科学の発展の中で、またビジネス思想の変化の過程で、こうした問題が少しずつ脇に追いやられ、やがて忘却されていったのです。この点を正面から論じた点に、ラルーの議論の価値があると私は思っています。

 ラルーはこの本の中で、「ティール組織こそが組織成果と個人的幸福を実現するこれからの組織のあり方だ」と主張していますが、私自身は、必ずしもそういう立場をとっていません。私自身は、「組織の中の個人の自由や幸福や成長を追求することは望ましく、ありうる未来の1つとしてティール組織は有望ではあるが、ではすぐにティール組織へと転換しようというのは、日本企業の現状を考えると少し早計である。日本企業は、まだティール組織に移行するためのミクロ的基底(そのような組織を実現させるために、個人や職場が備えておかなければならない準備、個人が持ち合わせておくべき能力や成熟など)ができていない」と考えています。いま私たちが行うべきなのは、より冷静に、2018年現在の日本の組織は現状どのような構造になっており、その中で個人はどのように、どの程度の自由や幸福を享受できているのか、組織における自由や幸福は組織の成果とどのような関係にあるのか。ティール組織が主張する「セルフマネジメント」や「ホールネス」が実現するには、それに耐えうるだけの準備が社員の側に必要であるが、いまの日本のビジネスパーソンにはその準備がどこまでできているか。こうした検討を通じて、そもそも日本において「ティール組織」のような組織、あるいは組織民主主義のようなものは可能であるのか。あるいは多くの論者が指摘するように、そして経営学の歴史が示しているように、やはりこれは「幻想」に過ぎないのか。こうした冷静な議論なのではないでしょうか。

 「進むべき未来」ではなく「未来の1つのあり方」として、この本を読んでいただきたいと思います。ブライアン・J・ロバートソンの『ホロクラシー: 役割をなくし生産性を上げる全く新しい組織マネジメント』なども同様の議論を展開していますので、合わせて読まれると良いかと思います。

(オススメの図書)

  • フレデリック・ラルー(著)/嘉村賢州・鈴木立哉(訳)『ティール組織: マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版 2018年
  • ブライアン・J・ロバートソン(著)/瀧下哉代(訳)『ホロクラシー: 役割をなくし生産性を上げる全く新しい組織マネジメント』PHP研究所 2016年

(さらなる議論のための文献リスト)

  • 金井壽宏(著)『経営組織』日本経済新聞社 1999年
  • 沼上幹(著)「有機的組織の幻想」『一橋ビジネスレビュー』2014年夏号, pp. 6-19.
  • 沼上幹・軽部大・加藤俊彦・田中一弘・島本実(著)『組織の重さ: 日本的企業組織の再点検』日本経済新聞出版会 2007年

Copyright © 2018, 服部 泰宏