Home -> MBA Square -> 研究スタッフが選ぶ、オススメ図書  
 
研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

助教授  畠田敬

 

私の専門領域は広く言うと「金融」です。三省堂「大辞林 第二版」で調べると、『金銭の融通。資金の需要と供給との関係。金の流れ。』と書かれており、従って、私はお金が絡む様々な現象を研究している人間ということになります。日本語では1つの言葉しか存在しない「金融」ですが、英語では「financial economics」とか「monetary economics」とか呼ばれています。この2つは少し違っており、前者は比較的ミクロ的な視点での議論が中心で、例えば、資産価格やオプションの価格がどのようにして決定されるか等が研究対象となります。それに対して、後者はマクロ的な視点での議論が中心で、例えば金融政策の変更が経済全体にどのような影響をもたらすかを主として議論します。どちらの分野も、学術的、実務・政策的に確立しており、近年では、それらの金融理論がどの程度我々の経済と合致しているかを計量的に検証する、いわゆる、実証的な視点からの研究が活発です。そういう訳で、今回は、「financial economics」と「monetary economics」の分野での計量分析に関する文献をそれぞれ1冊ずつ紹介します。

ジョン・キャンベル/アンドリュー・ロー/クレイグ・マッキンレイ著(祝迫得夫/大橋和彦/中村信弘/本多俊毅/和田賢治訳)『ファイナンスのための計量分析』共立出版、2003年。

(寸評)本書は、ジョン・キャンベル(John Y. Campbell)、アンドリュー・ロー(Andrew W. Lo)、クレイグ・マッキンレイ(A. Craig Mackinlay)教授らによって1997年に書かれた『The Econometrics of Financial Markets』Princeton University Pressの全訳です。この3人の著者は、いずれもファイナンスの実証分析の研究者として、現在も第一線で活躍されており、Journal of Finance, Journal of Financial Economics等をはじめとする学術雑誌の常連です。近年、欧米の多くの大学では、この原書をファイナンスの実証研究のPh.DやMBAの講座において、教科書として使用しています。そして、この原書の翻訳を、日本のファイナンス研究の第一人者として活躍している祝迫、大橋、中村、本多、和田各先生らが担当しています。本書の大きな特徴は、ファイナンスとエコノメトリックス(計量経済学)の「コラボレーション」です。ファイナンスにおいて『不確実性』の取り扱い方は非常に重要な役割を果たします。エコノメトリックスにおいても、モデルの統計的な推定や検定において『不確実性』が果たす役割は非常に重要です。すなわち、この2つの『不確実性』を結びつけることで、本書は、ファイナンスの理論から厳密な計量分析への橋渡しを提供しています。本書の前半は、イベントスタディー分析[第4章]による株価のリターンを予測する手法の解説や資本資産価格モデル(CAPM) [第5章]、裁定価格理論(APT)のようなマルチファクターモデル[第6章]といった伝統的なファイナンス理論の解説とそのモデルの推定・検定について解説をしています。また、現在主流になりつつある確率割引ファクターによるアプローチ[第8章]も紹介されています。本書の後半では、派生証券(デリィバティブ)の価格評価モデル[第9章]や金利モデル[第10章、第11章]について、経済学的に深い洞察を提示しています。本書は、基本的にPh.DやMBAの学生や研究者を対象にした教科書であり、従って、各章ごとに話題が完結するように書かれています。ただ、あくまでファイナンスをベースに構成された本なので、それなりの統計的手法に関して知識があることが前提として議論が展開されています。イベントスタディー分析では基本的な統計学の知識があれば十分に対応できますが、中盤以降、一般化積率法(GMM)、自己回帰条件付不均一分散(ARCH、GARCH)モデルが使われており、ある程度高度な時系列分析の知識が必要となってきます。本書の章末において、その一部を解説していますが、あまり十分な解説とは言えません。従って、本書を読む際には、統計学やエコノメトリックスの教科書を並べて読むことをお勧めします。例えば、統計学全般の入門書としては、木村俊一/古澄英男/鈴川晶夫著(2003)『確率と統計 基礎と応用』朝倉書店を、計量経済学の専門書としては、羽森茂之著『計量経済学』中央経済社、2004年をウィリアム・グリーン(William H. Greene)著(1999)『計量経済分析I・II』エコノミスト社を挙げておきます。

 

宮尾龍蔵著『マクロ金融政策の時系列分析』日本経済新聞社、2006年。

(寸評)本書は、日本の金融政策・マクロ経済における諸問題を「時系列分析」と呼ばれる分析手法を用いて、実証的に考察した本格的な研究書です。日本のマクロ経済学者にとって共通の関心事について、例えば、金融政策が生産や物価をコントロールする能力は有効か。そして「失われた10年」と呼ばれる90年代に入って、その能力は低下したのではないか[第2章、第3章]。90年代に入り、日本はマクロ経済学のテキストに必ず紹介されている「流動性のわな」に陥っているのではないか[第4章]。それに伴い、マネーサプライの実体経済に対する予測力は低下しているのではないであろうか[第7章]。90年代に入っての不況の真因は需要不足によるものなのか、あるいは、生産性の低迷によるものなのか[第8章]。という様々な疑問を1つ1つ丁寧に検証し、それぞれの実証結果について、頑健性を含めて、慎重に考察しています。従って、本書は、これまでのこの分野の研究についての1つのベンチマークとして、今後の研究において重要な役割を果たす研究書であると言えましょう。また、いくつかの高度な計量分析を用いている点で、計量分析の手法の観点からも非常に優れた研究書であると言えます。ただ、先の紹介文献と同様に、分析手法について正しく理解しようと思えば、かなり高度な統計的分析の知識、具体的には、多変量自己回帰(VAR)モデル、単位根(Unit Root)や共和分(Cointegration)の知識が必要となります。さらに、この本を薦める理由はもう1つあります。それは著者の実証研究に対する強いメッセージです。著者は、検証すべき仮説とその統計モデルまでの導出に至る過程を、実証分析の背後にある理論研究の整理をきちんとした上で、何をどのような形で検証すべきであるかということを論理的にかつ丁寧に導出しています。一部の実証研究に見られがちな理論なき実証分析−いわゆる事実発見的な分析−やデータを欧米から日本に換えただけの研究−いわゆる鉄道論文−ではなく、あくまで背後の理論モデルに基づいて検証すべき統計モデルを導出し、それを検証・考察しています。その意味でも、実証分析を行う研究者にとっての精神的なバイブルとしても、良書と言えるでしょう。

( Copyright © , 2006, 畠田敬)