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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

テクノロジー・イノベーション・マネジメント 教授  原拓志

 

ここ数年で急速に普及したのが技術経営(MOT)です。多くの大学院コースや教材が出現し、まさに玉石混交の状態にあります。そんな中で、技術経営といえば、技術者が経営を学ぶことだとか、経営戦略の下位にあって技術をどうすべきかを考えることだとか、というような考えが世の中にあるようです。私は、こうした考えを採りません。そもそも、製造業はもちろん、あらゆる産業において技術抜きで経営は語れないし、経営抜きで技術は語れないと思うからです。技術経営を考えるうえで、私の前提は、技術と経営とは常に結びついていて、さらに、それらは経営をとりまく多様な社会的諸要因とも必ず結びついているということです。今回は、そんな見方を知るための幾つかの本を紹介させていただこうと思います。

ジェームズ・アッターバック著(大津正和・小川進監訳) 『イノベーション・ダイナミクス』、有斐閣、1998年.

まずは、主に製造業を舞台にして製品技術と工程技術、組織、市場のダイナミックな関係を示した、ジェームズ・アッターバックの『イノベーション・ダイナミクス』(大津正和・小川進監訳)という本です。その基本にある技術、組織、市場のダイナミックな連関と変化の一般モデルは、1970年代にアッターバックとウィリアム・アバナシーによって発表されたもので、すでに古典というべきものです。そのモデルからは「ドミナントデザイン」、「製品イノベーションから工程イノベーションへの移行傾向」、「ラディカルイノベーションからインクリメンタルイノベーションへの移行傾向」、「生産性と革新性との間のトレードオフ関係」(生産性ジレンマ)など、産業におけるイノベーションに関する重要な概念や命題が含まれています。しかし、その表層的な単純な図式だけで理解され、これらの諸概念や諸命題の関連や前提などの論理構造については、しばしば軽視されているように思います。この本を注意深く読むと、その論理がわかります。そして、素材型産業と組立型産業でのイノベーションの違いや、連続的イノベーションと非連続的イノベーションの違いについても言及がなされています。重要なのは、結論だけを覚えることではなく、それに至る論理を理解することです。この本の基本的アイデアは30年も前に世に出されたものですし(この本も原書が出版されてから13年も経ちます)、アメリカ合衆国の経験をベースにしているのですから、その結論だけを鵜呑みにしても仕方が無いわけです。けれども、製品と工程との相互作用関係についてどんな仮定をおいて、組織と市場の変化についてどんな仮定をおいて、さらに、それらの仮定間の関係についてどんな仮定を置くと、このような結論が導き出されるのかということを理解しておけば、仮定がどう変わったときに、結論がどのように変わるかを考えることができるのです。

クレイトン・クリステンセン著(伊豆原弓訳・玉田俊平太監修) 『イノベーションのジレンマ』、翔泳社、2001年.

次にお勧めしたいのがクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』(伊豆原弓訳・玉田俊平太監修)という本です。これは、より新しく、また有名な本なので、もしかすると既に読んだことのある方も多いかもしれません。けれども、「破壊的技術」というような言葉を使うクリステンセン自身にも非はあるのかもしれませんが、原理の異なる画期的な技術の出現によって、既存の技術を基盤にする企業が、放逐されてしまうのだと、やはり単純な図式で片付けられていることもあるのではないかと危惧しています。もし、それだけの話だったら、アッターバックの本に加えて、この本をお勧めしなかったでしょう。私がこの本を加えるのは、破壊的イノベーションの不連続性は、技術にではなく、価値ネットワークにあるのだという指摘が持っているインプリケーションの重要性によるものです。つまり、市場における技術の評価は、組織と特定の顧客との関係、株主との関係、提携企業との関係、その他さまざまな従来技術に関わる経済的・社会的・技術的な諸要因とのネットワークと、それに作用を受ける経営者や組織成員の価値基準や組織プロセス、組織の保有資源などによって構成される枠組みの中でなされるという指摘です。この指摘には、市場や技術が有する多義性と、現実の組織が抱える社会的あるいは物的な制約性が含意されているわけです。クリステンセンには、その後『イノベーションへの解』『明日は誰のものか』という続編があり、それも読んでいただければと思いますが、私が最も重要視するのは、最初の『イノベーションのジレンマ』であり、特定の価値ネットワークが持続的イノベーションを促進し、破壊的イノベーションでは矛盾を起こす論理の理解です。

 

榊原清則・香山晋編著 『イノベーションと競争優位』、NTT出版、2006年.

上の2冊で理論的な枠組みを学んだ後には、イノベーションに関する現代的問題を考えるのに、それを応用してみるのが良いのではないでしょうか。自分自身で考えてみることで、理論は、血となり肉となるからです。どの問題を取り上げるかは、書物からよりも自分の仕事からの方が良いとは思うのですが、それだけだと、少し視野が狭くなってしまうかもしれません。ちょっと大きめの問題も考えてみることは、視野を広く、また長期的なものにするのに良いと思います。そこで、ここでは、現代的問題として、コモディティ化、インターネットの浸透、科学や制度や市民運動との関わりという現代のイノベーションにおける3つの主要な問題に関わる本を紹介します。

まず、最初の本は榊原清則・香山晋編著の『イノベーションと競争優位』です。これは、日本の技術経営の論者たちの論文を集めたものですが、そこで焦点となっているのが、デジタル機器のコモディティ化です。コモディティ化は、上述の『イノベーション・ダイナミクス』のアッターバックやアバナシーらも指摘していた古典的課題ですが、これが新たにクローズアップされてきた理由は、デジタル化、モジュラー化、産業の水平分業、グローバル化などの進展が、最新技術を搭載している電子情報機器分野において低価格競争と利益圧縮をもたらしているからです。つまり、最新技術が利益につながらない。これには、技術の価値が、技術そのものだけで決まるのではなく、社会的諸要因との関係で決まるということがまさに関わっています。この本の著者たちは、この問題について、理論的考察や事例研究を用意してくれています。『イノベーション・ダイナミクス』や『イノベーションのジレンマ』の理論的枠組みを動員して、ぜひ、この問題について考えてみてください。コモディティ化は、決して特定の産業だけの問題ではありません。

クリス・アンダーソン著(篠森ゆりこ訳) 『ロングテール』、早川書房 、2006年.

クリス・アンダーソンの『ロングテール』(篠森ゆりこ訳)も、重要かつ興味深い問題を示してくれています。インターネット、検索エンジンという技術が、ローカルに存在する小さく多様なニーズを世界中からかき集めて総体で巨大な顧客にしてしまうということが起こっています。アマゾンの売り上げの大部分、インターネット音楽配信サービスのアイチューンズ・ミュージックストアのダウンロードの大部分は、個々ではマイナーな商品だということです。こうして、従来、製品開発で重視されていた市場の、いわゆる「ボリュームゾーン」をターゲットとした標準的製品の確立だけが成長のための条件ではなくなったのです。また、生産者や消費者という主体そのものの役割にも変化が見られます。その結果、コスト構造や価格にも変化が見られます。こうして、技術のあり方、市場のあり方、ビジネスのあり方が結びつきながら変化しています。アバナシーやアッターバックたちが仮定していた状況とは明らかに異なる変化です。どの仮定がどのように変わったのか、その結果、イノベーションはどうなるのか、ただし、新しい仮定が当てはまるのは、どんな条件があるときか(これは特に重要)、などを、ぜひ読みながら考えてみてください。

ダニエル・チャールズ著(脇山真木訳) 『バイテクの支配者』、東洋経済新報社、2003年.

最後に挙げるのが、ダニエル・チャールズ『バイテクの支配者』(脇山真木訳)です。これは、遺伝子組換え作物が社会的に嫌われるようになるまでの経緯を述べたものです。モンサント社を中心として、その行動の「作用」とそれが引き起こした多様な社会的主体の「反作用」によって、遺伝子組換え作物全般に対する冷たい評価が社会的に形成され、それが消費者行動や投資家行動に反映するまでの物語が描かれています。ここでも、技術の評価が社会との関係で決まってくることが明らかとなります。しかも、社会というのは単に市場だけではありません。科学、特許などの制度、市民運動、政治などの要因もそこには含まれます。遺伝子組換えのような技術を使ったバイオテクノロジーの分野では、市場を取り巻くこれらの社会的要因との関係をうまく構築しなければ、そもそも商品として成立しないため、それが特に顕著に現れます。しかし、他人事ではありません。同様の問題は、今後、より多くの産業分野においても多かれ少なかれ現れてくると思います。なぜなら、たとえば、安全や環境に関わらない産業なんて無いでしょう?

これら3冊のイノベーションに関わる現代的問題を扱った本は、それぞれ単独で読んでも面白く、またそれなりに役立つかもしれません。しかし、たとえば最初の2冊の理論志向の本を踏まえて、著者の話を相対化しつつ読むことで、より深く、応用の効く知識が得られるのではないかと思います。また、これらの問題は、当然ですが同時代のことであり相互に結びついています。たとえば、コモディティ化や市民(ないし大衆)の影響力は、インターネットを媒介に加速されています。ということで、ぜひ、どの本にも目を通してもらいたいものです。
(Copyright © , 2007, 原拓志)