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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

ナッジ(nudge)

藤原賢哉

ナッジとは英語で「人をひじで軽く押したりつついたりすること」を意味します。行動経済学と呼ばれる研究分野から出てきた用語で、選択肢をうまく設計したり、初期設定(デフォルト・ポイント)を変えたりすることで、人々に特定の(望ましい)選択を促すという意味合いがあります。例えば、スーパーやコンビニで「今週のおすすめ」「人気・売れ筋NO.1」と書く事で、消費者の選択を自然と誘導することも「ナッジ」に含まれますし、年金や医療・教育といった社会制度の設計にも応用可能です。

米国では、伝統的に、政府の役割を否定的に考える人々(政府の干渉を排して個人の自由を重視する人)と政府の介入を肯定的に考える人々に分かれますが、前者は「リバタリアン」、後者は「パターナリズム」と呼ばれることがあります。「ナッジ」の考え方は、ちょうど、その中間に位置するもので「リバタリアン・パターナリズム」として紹介されることもあります。よく「市場重視(自己責任)か規制強化(市場失敗)か」と2者択一的に議論されることもありますが、「ナッジ」は、個々の選択の自由は尊重するが、規制者が弱い形で関与して社会を良い方向に導こうとするものです。

そこで、今回の「オススメ図書」では、ナッジや行動経済学の分野での一般書である。

リチャード・セイラー、キャスサスティーン著(遠藤真美訳)『実践行動経済学 健康、富幸福への聡明な選択』日経BP社

バナジー、デュプロ著(山形浩生訳)『貧乏人の経済学』みすず書房

の2冊を紹介したいと思います。

『実践行動経済学』は、この分野の創設者の一人でもあるシカゴ大学経営大学院のリチャード・セイラー教授が執筆したもので、行動経済学の入門書としても非常に読みやすい本です。行動経済学は、伝統的な経済学が想定する代表的個人(人間)に対する見方(すべての経済主体は合理的である)とは異なり、人間はコンピューターのよう計算能力が高いわけではなく、物事を忘れることも、誘惑に負けることもある、非常に「人間的」な存在として捉えられています。そして人間の癖やバイアスを表すいくつかの概念(「ヒューリスティック」「プロスペクト理論」「フレーミング効果」等)を用いて、様々な経済現象を解き明かしています。私の関係するファイナンスの分野では、個人投資家の投資行動や過大な借金の問題が取り上げられています。

一方、『貧乏人の経済学』は、MITの教授が執筆したもので、2011年度のFinancial Timesのベストビジネス賞を受賞しています。開発経済学(途上国援助)での従来の議論(外からの援助に頼るだけでは貧困問題は解決できないという考え方と、援助なしには大規模な初期投資もできず「貧困の罠」から脱出することはできないという考え方)に対して、行動経済学の分野での研究(「ランダム化対照試行」と呼ばれる実証実験)をもとに多くの提言を行っています。単なる途上国の貧困問題を超えて幅広いテーマ(医療、教育、人口、金融、政治など)について分析しており、教育や少子高齢化の分析は、現在の日本にとってもいくつかの示唆があると思われます。日本人の目からすると、途上国を見る視線にやや違和感を感じますが、一読の価値はあると思います。

Copyright © 2013, 藤原賢哉