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リアル・オプション
榊原 茂樹

一昔前なら、オプションという言葉は耳慣れないものであったでしょうが、今は、われわれの身の回りでさまざまなオプションの利用例を見聞きします。例えば、ドル建ての売上債権を持つアメリカへの輸出メーカーが、社内レートを超えて円高が進行したときにはあらかじめ決められたレートでドルを売ることができる通貨オプションを買っておく、株価を高めた経営者が自社株のストック・オプションの権利を行使して莫大なキャピタルゲインを得た、ベンチャービジネスの経営者が従業員のヤル気を高めるのに将来会社が株式上場すれば大きなキャピタルゲインが得られる自社株購入権利である従業員ストックオプションを与えた、などです。

今述べたオプションは、いずれも、その売買対象(これを原資産と呼びます)がドル建て債権や株式といった金融資産であることから、金融オプション(financial option)と呼ばれています。原資産を買う権利をコール・オプション、売る権利をプット・オプションといいます。

これに対して、今注目を浴びているリアル・オプション(real option)は、金融資産以外の資産を売買できる権利をいい、経営者の意思決定の柔軟性や戦略的配慮を表現する言葉として用いられています。例えば、保険会社や事業法人は他の法人の株式を大量に保有しています(今は株式持合いが解消されつつありますが)。このような証券の保有が行われたことは、その採算性を経営財務論のテキストで教える正味現在価値法(net present value method、NPV法)を適用して、それが負のNPV(正であれば採用)であったとしても棄却せずに、経営者が何らかの政策的・戦略的な配慮をして証券投資にゴーサインを出したと判断されます。よく言われていることは、証券の純投資としてはペイしないが、大株主になることは、企業保険の獲得や商売の拡大に将来つながって利益が得られるチャンスを買ったのだと。これは正に新しいビジネスチャンスに着手する権利に当たるコール・オプションを買ったことに相当します。

したがって投資案件の採否の評価におけるリアル・オプション法といったときには、伝統的な正味現在価値法に乗らない経営者の戦略的配慮、経営者が手に入れた将来の経営の柔軟性といった、この曖昧な部分を数量的にその価値を計算し、投資案件の評価に組み込むことをいいます。

このように考えてきますと、ビジネスの世界のいたるところにリアル・オプションは転がっています。製薬会社の多額の研究開発投資、天然資源産業における試掘権の購入、都心の大規模遊休地をとりあえず駐車場とするプロジェクト、大会社が考える新興ネットベンチャー企業との提携プロジェクト、将来の他の製品の生産への転用可能性を考えての今の製品の生産設備の建設プロジェクトなどは、将来何かを買ったり売ったりする権利・柔軟性が内在しているプロジェクトと考えられます。

戦略的投資案件の評価へのリアル・オプション・アプローチの最初のステップは、投資案件に内在する「オプション的特性」を見つけ出し、次に、このオプション的特性の価値を金融オプションの評価モデルを使って数量的に測定することです。即ち、オプション付き投資案件の価値=伝統的NPV+柔軟性の価値、という公式に投資案件を当てはめて評価することになります。

問題は、この柔軟性の価値をどのように厳密に評価するのかですが、金融オプションの評価モデルを援用します。アメリカで戦略的投資プロジェクトの評価へのリアル・オプション・アプローチの理論的研究が始まったのは、1980年代半ばで、それが実務として利用されるようになったのは1990年代に入ってからといわれていますが、実務への定着を遅らせた理由は、この金融オプションの評価モデルを使うことの煩わしさに求めることが多いようです。

しかし、リアルオプション法の伝道者であるT.コープランド(元UCLAアンダーセン・ビジネススクールの教授で現在経営コンサルタント)は、10年後にはリアル・オプション法は伝統的NPV法に代わり投資決定の主流になっているだろう、と予言しています。わが国の金融業界でデリバティブの評価にオプション評価モデルの利用がすでに定着していることを考えますと、様々な投資案件の評価にリアルオプション法がわが国でも本格的に採用される日が来るのは、そう遠くないのかもしれません。

 
Copyright©, 2003榊原 茂樹
 
この「ビジネス・キーワード」は2002年7月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。