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ブランド・マネジメント
石井 淳蔵

最近になって「ブランド」という言葉が、頻繁に経営者やマーケティング研究者の口から飛び出してくる。しかし、ブランドは企業経営では昔からあったし、旧いマーケティングの教科書をひもといても最初の頁にブランドという言葉が出てくるぐらいに、経営の世界ではポピュラーな概念だ。なのに、今になってその重要性が叫ばれるというのは不思議な感じがする、という人も少なくないだろう。しかし実際には、資生堂や花王やサントリーといったブランドのなんたるかが組織の隅々にまで浸透しているはずの会社が、ブランドの強化やブランド・マネジメント体制の定着を目指して必死の努力をしている。どうして、ブランドが経営の中心に躍り出ることになるのか、その理由を少し考えてみよう。日本企業の得意なマーケティングのやり方は、つぎつぎに新製品を市場に導入するやり方だ。どちらが卵か鶏かはともかく、そうしたマーケティングのやり方に合わせて、日本の消費者の商品に対する目も厳しくなる。少し前、P&G社が「日本市場は新製品のゆりかご市場」と言って、日本市場が新製品を育てる高い能力をもった市場だと考えたのは理由のないことではない。そうして日本企業は市場に鍛えられ、結果として製品改良やマーケティング革新は急速に進んだ。

つぎつぎに新製品を世に問う日本企業のこのマーケティングやり方の核心は、「プロダクト」にある。新製品をつぎつぎに導入し、そのたび毎に大規模なキャンペーンを張り、新しい製品名が導入される。まさに、「主人公はプロダクト、名前はその付属物」という関係、つまり「プロダクト中心」のマーケティングが形作られていったのだ。

「ブランド中心のマーケティング」は、それとは対照的なマーケティングだ。「まず名前ありき」。ウォークマンは、ソニーが新製品であるヘッドホンステレオに付けた名前。そのヘッドホンステレオが人気を博すと同時に、ウォークマンという名前自体も世の中に浸透する。今度は、「ウォークマン」が主人公になる。CDウォークマン、MDウォークマン、そしてウォークマン・ネットワークが、次々に登場する。ブランド(名)が売れると、ブランド(名)が主人公になる。企業の中で、その名前に相応しい技術が探索され、製品が開発されるのだ。プロダクトはブランドの付属物でしかなくなる。実際、カセットテープのヘッドホンステレオがこの世界から消えても、ウォークマンの名前は残る。

消費者も、「ウォークマン」の名に、何かしら期待を寄せる。ウォークマンと名を聞くとき、「若い」「軽快」「動的」といったようなイメージを抱く。ソニーも、その名にかけて何事かを消費者と約束する。ブランドとは、企業が消費者に対してなした約束、消費者が企業に対してかける期待に他ならない。それを企業経営の視点から言うと、ブランドとは、「消費者の期待を先取りした仕組み」に他ならない。

その仕組みを作り上げれば、たった1つの製品でも無限に成長できる。それは、コカ・コーラが証明している。1つの甘い炭酸飲料が全世界を席巻する。胃腸薬や神経薬として世に出現した後、天才的なマーケターが出て、「すかっとさわやかコカ・コーラ」というコピーを考え出した。薬なら限られた飲用機会しかないが、気分転換なら飲用機会は大きく増える。その後、さらに天才的なマーケターが出てきて、"Coke with foods"を提案した。「食事の時にコカコーラ」で、さらに飲用機会は広がった。「ハンバーガーや寿司を食べながらコカコーラを飲む」という消費シーンが現出したのは、まさにコカコーラのマーケティングの勝利と言わずして何と言えようか。同時に、単品でも、あるいは何ら技術を変えなくても企業は成長できるというブランド・マーケティングの可能性をも示したのだ。

おそらくや、コカコーラは、何年後かには、違った飲用シーンを提案しているに違いない。コカコーラのファンは無意識のうちにその種の提案を待っているし、逆に、新しい飲用シーンを提案できなければコカコーラのさらなる成長はない。ブランド・マーケティングとは、消費者の暗黙の期待に応えるために、つぎつぎにそのブランドを消費する消費シーンを、つまりは消費者の新しいライフスタイルを創造しつつ成長する仕組みなのだ。

日本企業が、ブランドを軸としたマーケティングに切り換えようとする背景には、このような考え方の転換がある。それは、消費者の声を最大限吸い上げるタイプの(しかし、その分だけ場当たり的になりがちな)マーケティングから、自らの深いコンセプトを世に問う方式のマーケティングのやり方への転換でもある。それは、いっそう不確実さをました現代の経営には必然の取組でもあるのだ。

 
Copyright©, 2003石井淳蔵
 
この「ビジネス・キーワード」は2001年4月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。