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勝者の呪い (Winner's curse):
ローマ帝国の徴税請負人選抜から現代欧州携帯電話戦争まで
末廣英生
【前編】

様々なネットビジネスをはじめとして、新しい市場が次々と生まれている。将来収益が見込まれる新たなビジネスチャンス・事業分野を利益を生む事業として実現していくには、その事業の収益性を嗅ぎ取るための情報と、その情報に基づく戦略的な投資とが死命を決する、と多くの人が考えている。そして、「この事業はいける」と強い確信を抱いた者が、それに伴うリスクにもかかわらず果敢に行動し、結果的にそのビジネスをものにすることができる、というヒーロー神話が多くの人に支持されている。

しかし、それは本当だろうか。以下では、「勝者の呪い」というキーワードを通して、このことを考えてみたい。

若者向けゲームのタイトルを連想させるこの「勝者の呪い」という言葉は、米国の石油採掘ビジネスで業界関係者の間に知られていた次の経験的な事実を指して言う言葉である。ある地域の石油採掘権が入札にかけられることになると、各石油会社はこれまでその地域に関して公表されているデータを集め、さらに独自の地質調査をする。そして、埋蔵量を推定し、もし推定通りの石油が出てきたとして何年にもわたる採取計画と、その間の石油価格動向の予測に基づく販売戦略とをたて、それから期待されるその「採掘権の価値」を見積もる。そして、その価値から、「必要かつ十分な利益」をあげることのできるぎりぎりの権利価格として、自社の入札価格をはじき出し入札する。そうして各社が出した入札価格がそろうと、その中での最高値をつけた石油会社が、最終的にその地域の採掘権を得ることになる。

石油会社にとって、独自に「採掘権の価値」をはじき出すことは、損をしないような入札価格の精度を高めるということ以上の意味がある。というのは、「採掘権の価値」よりも少し低めの価格で入札したとすると、それでも落札のチャンスはあるわけだから、その分だけ余分の利益を得ることになる。勿論、その分逆に石油採掘権を他社に持って行かれるリスクも増える。その損得を勘定して適切な「入札利ざや」を設定し、それを「採掘権の価値」から引いた価格で入札するのが合理的である。どの石油会社も考えることは同じであるから、この利ざやの大きさはほぼ似たようなものになる、と考えて良い。結果として、もともとの「採掘権の価値」評価額が最も高かった石油会社が落札することが多い。

落札会社は、彼の「採掘権の価値」評価額が正しかったならば、「落札した油田からの必要かつ十分な利益」プラス「入札利ざや」を手に入れるはずである。この様に営まれる石油採掘ビジネスで生き残っていけるかどうかは、「採掘権の価値」を正しく見積もる能力にかかっている。だから、石油会社は、細心の注意を払って「採掘権の価値」を評価する。結果として、どの石油会社も、一つ一つの油田入札では過大評価だったり過小評価だったりするが、多くの油田を平均するとその会社の評価誤差は帳消しになると考えて良い。

ところが、米国の石油会社で実際に石油採掘ビジネスに携わる実務者の間では、「細心の注意を払って行っているはずの「採掘権の価値」評価が、自分の会社が現に落札して経営している多くの油田の間で平均してみると、誤差が帳消しになっておらず、自分達が行った評価は平均を取った後でもなお「採掘権の価値」を過大に見積もっていたことになってしまう。そしてこの様な期待はずれが、どの石油会社でも起こっている」という事実が知られていた。この事実を「勝者の呪い」と言う。

新ビジネス・新事業への挑戦は、多くの場合筋書きのないゲームである。しかし、その雛形はある種のビジネス分野で、具体的なルールに従って戦われている。入札で勝者が決まる石油採掘ビジネスは、その典型である。一つの未開発油田は、いまだ誰も手を付けたことのない新事業である。その事業は、最も高い入札価格を提示した者、つまりそれへの投資に最も強くコミットした者が手に入れる。

確かに、結果的に見ると、このゲームの勝者は、その油田の「採掘権の価値」評価が最も高かった者である。「この事業はいける」と強い確信を抱いた者だけが、高額の投資にコミット出来るのである。しかし、勝者は必ず「この事業は思ったほどではなかった」と後悔する羽目になる。だから、新事業分野の競争で勝者となることが必ずしもビジネス上の成功を意味しない。「勝者の呪い」は、勝者が即ヒーローとは限らない、ということを教えている。

「勝者の呪い」はパラドックスである。平均すると間違うはずがないように行っている「採掘権の価値」評価が、実際は平均してもなお間違っているのである。「勝者の呪い」はこのパラドックスから生じる。「採掘権の価値」評価が結果的にも平均して間違っていなければ、獲得した事業に後悔を抱くことはないからである。では、なぜこの様なパラドックスが起こるかをきちんと説明することは出来るのだろうか。それは、実は、次のように説明できるのである。

先に述べたように、油田の入札では、すべての石油会社が同じように合理的に考えて入札している限り、結果的には、もともとの「採掘権の価値」評価が最も高かった会社が落札する。ここで、各石油会社の「採掘権の価値」の判断とはなにかをもう一度考えてみよう。それは、その油田の本当の「採掘権の価値」に、各社の評価作業のプロセスで避けられない誤差の大きさを加えたものである。だから、誤差が上向きに正の値である会社は、それだけ高い「採掘権の価値」判断に至り、逆に誤差が下向きに正である会社は、それだけ低い「採掘権の価値」判断に至る。従って、「採掘権の価値」判断が最も高い会社とは、単に予測誤差が上向きに最も大きかった会社、というに過ぎない。

ここで、1つの油田の採掘権について、もしもその入札に参加している会社が集めてきたデータ全部を使ってできるだけ正確な「採掘権の価値」評価を行うとしたらどうすればよいか、という一般的な問題を考えてみよう。各社の推定は平均して正しいのだから、すべての会社の「採掘権の価値」の平均を用いるのが最も正確である。だから、もしも「勝者の呪い」が起こらないようにしようと思えば、すべての会社の入札価格の平均値を計算し、その平均値に最も近い入札をした会社にその採掘権を与える、というようにしなければならない。ところが、競争入札という仕組みは、その様な平均入札者に権利を与えるのではなく、最も高い入札価格をつけた会社に与えるのである。その様な会社は、今述べたように、単に本当の「採掘権の価値」から上向きの誤差を最も大きく犯してしまった会社に過ぎない。その様な会社は、もしも仮にその時のすべての会社の「採掘権の価値」を知ることができたなら、実はその油田の本当の「採掘権の価値」はもっと下の平均入札者の持っていた「採掘権の価値」判断のレベルに過ぎなかった、と思い知らされるはずである。

さて、これは、1つの採掘権を固定して、その入札の勝者について考えた結果論である。ところが、原理的にこれと同じことが、1つの石油会社を固定して、その会社が経営する油田について言える。今仮に、すべての会社によって経営されている油田が、全部この会社のものだとしよう。そして、各々の油田には、この会社自身による入札価格分しか支払っていないとしよう。すると、この会社の「採掘権の価値」評価は平均して正しいのだから、この油田全部をこの様に入手して経営することになんらの後悔もないはずである。(厳密に言うと、平均入札者の「採掘権の価値」に較べて、推定の誤差は大きくなる。しかし、平均して正しい点は同じである。)ところが、競争入札によってこの会社が手に入れている油田とは、その油田全部の中から、その会社の「採掘権の価値」が平均入札者のそれよりも高い場合だけを故意に取り出した部分である。だから、その会社が現に保有している油田の彼自身による評価は、平均して、その油田の正しい「採掘権の価値」よりも過大となってしまうのである。

では、新たな事業に挑戦するというプロセスでは、「勝者の呪い」によって、誰もが必ず経済的な損失を被るのであろうか。「採掘権の価値」は自社が判断したほど高くはなかったと後からわかり、その時にはあとの祭りとなった投資を悔やむしかないのだろうか。

実は必ずしもそうではない。これまで、各石油会社は、自分がはじき出した「採掘権の価値」に照らして、採掘権からの自己の利益を最大化するよう合理的に入札価格を設定する、と仮定してきた。しかし、もしも石油採掘ビジネスに携わるすべての関係者が、上で説明した「勝者の呪い」が起きる理屈を理解していたとしよう。そして、次のように行動するとしよう。自分がはじき出した「採掘権の価値」がライバルのそれに打ち勝って一番高額になった場合を想定する。その時、ライバルの評価値(それは自分の評価値よりも低いが、その値を直接知るすべはない)の可能性を想定し、そのライバルの評価値の推定額と自分のそれとから、平均入札者の「採掘権の価値」の推定額を算出する。その値を、最初にはじき出した自分の「採掘権の価値」評価の代わりに用いて、入札価格を設定し直す。すべての石油会社がこの様に行動すると、各会社の修正された入札価格は彼のもともとの「採掘権の価値」評価データからのみ計算されているのだから、その油田を落札する会社は、結局もともとの各社固有の「採掘権の価値」で比較した場合にそれが最も高かった会社ということになる。同じ会社が、平均入札者の「採掘権の価値」評価に対応する対価を払ってその油田を入手するのだから、「落札した油田からの必要かつ十分な利益」プラス「入札利ざや」をそのまま手に入れるはずである。

 
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Copyright©, 2003末廣英生
 
この「ビジネス・キーワード」は2000年6・7月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。