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執行役員制
田中一弘

取締役会は商法上、全社的な「意思決定」と代表取締役を含めた取締役相互の「監督」を行うものとされる。しかし実際には、その構成員たる取締役は「業務執行」にも深く関与してきた。この業務執行の機能を取締役から切り離し、「執行役員」という別のポストを設けてこれに担わせる、という動きがこのところ急速に広がりつつある。1997年6月にソニーが端緒を開いて以来、既に99年6月の時点で上場企業179社が、こうした「執行役員制」を導入している。執行役員は商法上の役員ではなく、あくまで取締役会の決定に従う上級幹部従業員と言える。

執行役員制導入の動きは、現在の日本企業を取り巻く2つの大きな流れの合流点としてとらえられる。

1つは、企業統治改革の流れである。執行役員制は「取締役数の削減」というメニューとセットで実施されるケースが極めて多い。その目的とするところは、業務執行(と部門毎の利害)から解放された少人数の取締役によって、全社的意思決定のスピードと実効性を上げること、つまり取締役会の意思決定機能強化である(とは言え、実質的にはむしろ「役員リストラ」のための取締役数削減を主目的として、執行役員のポストをその受け皿とするケースがかなりあるように見受けられる)。同時に、全社的意思決定と業務執行それぞれの責任をはっきりさせようという狙いも、執行役員制にはある。

もう1つは、カンパニー制や持株会社などの分権的組織形態への変化という流れである。事実、社内カンパニー制と執行役員制がほぼ同時に導入されるケースも少なくない。各部門(例えばカンパニー)の長を執行役員としてその自律性を高めることによって、個別事業の業務執行の責任を明確にすると同時に、部門レベルでの意思決定のスピードと実効性の向上を図ろうというわけである。

ただ実際のところ、執行役員制を導入すれば即望ましい成果が得られるかというと、必ずしもそうではない。

まずは上述の第2点との関わりから考えてみよう。個別事業に係る権限と責任を当該事業部門の長としての執行役員に集めれば、彼は業務執行の負担と(部門レベルの)意思決定の負担とを一手に引き受けることになる。従来の仕事のやり方の大枠には手を触れず新しい制度だけを「接ぎ木」した場合に、特にそうであろう。執行役員のところにしわ寄せがくる。その結果は、「計画のグレシャムの法則」によって、業務執行よりむしろ意思決定の方が手薄になるのが普通である。

次に第1点の企業統治改革との関連について。業務執行機能を執行役員に委ねることが取締役会での全社的意思決定に一定のプラス効果をもたらしうることは事実であろう。しかし、そのプラス効果の大きさだけを考えるのでは十分とは言えない。日本企業のトップマネジメントに関する少し前までの議論では、意思決定と業務執行が分離していないことが、戦略の立案と実行の両面で「強み」を発揮すると認識されていたはずである。執行役員制の導入によってこうした「強み」を失うことのマイナス効果の大きさも勘案しなければならない。さらには従来のやり方を(やめるのではなく)改善することで期待されるプラス効果の大きさにも目を向ける必要がある。

執行役員制が一種のブームのようになっている現在、改めて問うべきは「何のための執行役員制か」ということである。この問いは、導入に際してはもちろんのこと、導入した後も絶えず心に留めておくべきものであろう。

 
 
Copyright©, 2003田中一弘
 

この「ビジネス・キーワード」は1999年11月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。