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自社株買い (Stock Repurchase)
砂川伸幸

自社株買いとは、企業の財務戦略の1つで、すでに発行されている自社の株式を買う行為をいう。自社株買いの方法としてよく用いられるのは、流通市場から市場価格で買い入れる方法 (Open-Market Repurchase)と公開買付けによる買入れ (Tender-Offer Repurchase) である。

アメリカの上場企業にとって、自社株買いは重要な財務戦略であり、近年その重要性は高まってきている。実際、Bagwell and Shoven [1989] によると、1977年から1987年の 10 年間にアメリカ企業の配当は6割強増加したのに対し、自社株買いは約8倍になっている。また、Ikenberry, Lakonishok, and Vermaelen [1995] は、1980年から1990年の 10 年間にNYSE、AMEX、およびNASDAQにおいて実施された自社株買い総額が、同期間の配当総額1/3にまで達したと報告している。さらに彼らは、自社株買入れ総額が、同期間に行われた株式の新規公開額の約3倍であったことも報告している。

わが国では、1994年の商法改正で自社株取得が法律上解禁となり、さらに翌1995年のみなし配当課税凍結の特別措置によって、企業の自社株取得が実質的に可能となった。筆者の試算では、東証一部上場企業のうち、自社株買いを実施した企業、および自社株買いを実施するために定款を変更した企業の数は300を越える。最近では日経新聞の企業財務欄に、自社株買い発表や自社株買い状況の情報が毎日のように掲載されている。

企業が自社株買いを行う理由については様々な説がある。例えば、税制上の有利さを活かした株主への配当手段とみなす説、株主資本比率(資本構成)の調整手段とみなす説、余剰資金の投資手段とみなす説、マーケットへのシグナルとみなす説などである。これら諸説については、Wansley, Lane, and Sarkar [1989] を参照してほしい。

現実に観察される株価の動向から有力なのは、自社株買いを企業からマーケットへのシグナルとみなす説である。アメリカにおける実証研究の多くは、自社株買いを発表した企業の株価が上昇したことを報告している (Comment and Jarrell [1991], Ikenberry, Lakonishok, and Vermaelen [1995] など)。また、筆者が流通科学大学の畠田敬氏と共同で進めているわが国企業を対象とした実証研究でも、同様の結果が観察されている。これらの結果は、自社株買いの発表が株価にとって好ましい情報であることを意味している。

豊富な余剰資金をもつ一方、有益な投資機会に乏しい大規模な成熟企業を考えよう。このような企業では、所有と経営の分離が進んでおり、経営者が株主の意向にそった余剰資金の使途を選択するとは限らない。経営者は、規模の拡大を追求するあまり、非効率的なプロジェクトに余剰資金を投資する、すなわち過大投資する危険性がある。近年、わが国においても経営者行動の規律づけを意味するコーポレート・ガバナンスの議論が盛んであるが、これは経営者の行動が株主の利益から逸脱しているという意識が根底にあると考えられる。株式市場が余剰資金の過大投資に対する危惧をもって企業の株式を評価するとき、本当に株主利益のことを考えて日常の企業運営に取り組んでいる経営者は、その経営姿勢がマーケットで正当に評価されていないことになる。このような場合、余剰資金を自社株買いに充てることで、経営者は非効率的なプロジェクトに投資しないという意思をマーケットに伝えることができる。自社株買いの発表を受けたマーケットは、経営者の経営姿勢が株主重視であることを理解し、企業の株式に対する評価を高めるであろう。その結果、自社株買いを発表した企業の株価は上昇する。

自社株買いに限らず、企業の財務戦略がマーケットに新しい情報を伝えるシグナル機能を有しているという考え方は、豊富な実証研究によって支持されている(拙著『財務政策と企業価値』(2000年、有斐閣)は、このことについて詳述している)。株式市場からの圧力が強まり、より一層株価を意識した企業経営が要求される現在、財務戦略のみでなく様々な企業戦略がマーケットでどのように評価されるか、さらには経営者の意図をどのようにマーケットに伝えるかということが、ますます重要になってくると思われる。

 

[引用文献]
Barcley, M., and C. W. Smith, 1988, Corporate payout policy: Cash dividends versus open market repurchases, Journal of Financial Economics 22, 61-82.

Comment, R., and G. Jarrell, 1991, The relative signaling power of Dutchauction and fixed price tender offers and open market share repurchases, Journal of Finance 46, 1243-1271.

Ikenberry, D., and Lakonishok, J., and T. Vermaelen, 1995, Market under reaction to open market share repurchases, Journal of Financial Economics 39, 181-208.

Wansley, J., W. Lane, and S. Sarkar, 1989, Managements' view on share repurchase and tender offer premiums, Financial Management 18, 97-110.

 
Copyright©, 2003砂川伸幸
 
この「ビジネス・キーワード」は1999年10月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。