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相互会社の株式会社化(demutualization)
高尾厚

相互会社は保険業に固有の企業形態である。90年代以降、主要な諸外国で、この企業形態の株式会社への変更が活発化している。わが国でも、金融審議会第二部会がこの7月6日に「保険相互会社の株式会社化に関するリポ−ト」を公表した。本コラムでは、このリポート公表の背景を探ってみよう。

いうまでもなく、このような企業形態の変更の動因があるということは、それに伴うメリットがデメリットを凌駕して余りあるということを意味する。日本の保険経営史を辿らねば、このようなある種の「不均衡状態」が存在する理由は摘出できない。端的には、敗戦後、GHQによる財閥解体−いわゆる「経済民主化」−の余波を、並みいる大手保険株式会社が受け、相互会社への企業形態変更を「強制」されたことの反動・回帰が起こっているのである。往時から長期資金を扱う機関投資家であった生保は、財閥に比肩する大株主であったから、日本帝国主義の「片棒」担ぎと見なされた。事実、1939年の旧保険業法の改訂に呼応し、生保は軍部の意向を承け「戦時公債」を大量に引き受けた。ところで、「保険団体」という保険固有の概念がある。この団体内で、内実はとまれ、「構成員間の相互扶助」が想定される。GHQ担当者は、この保険団体内の「相互扶助」を実現するに適合した経営形態として、利潤追求を宗とする株式会社ではなく、むしろ「社員自治」を想起させる相互会社を選定した。その選定が純粋に経済合理性な観点からなされた形跡はない。

一方で、株式会社化することに伴なうメリットとして何があるのかを考察しよう。第1に、株式の新規発行をもって担保力が強化されるということがある。現在、大半が相互会社形態をとる生保業界は、損保・銀行・証券・ノンバンク等の隣接業界との熾烈な競争下にある。このことは、「規制緩和」を宗とした新保険業法施行後、丁度1年目の1997年に倒産した日産生命、それに続く東邦生命・第百生命の外資系への身売りの事例から容易に推測できよう。だが、事態は一層厳しい方向に推移するようである。具体的には、2001年解禁の「日本版ビッグバン」により、一定条件下で金融関連業種の「相互乗り入れ」が始まる。このことは、相互会社経営にかかる危険への備え−「支払余力」(solvency margin)を増嵩させる。だが、保険業法60条および61条は、相互会社の資金調達を、基金積み増しと社債発行とに限定している。その法源は、相互会社が、私利を追求する「営利法人」と公益を追求する「公益法人」との中間に位置し、「自治会」や「生協」に酷似した性格をもつ「中間法人」と規定されることにある。法理念上、相互会社は専ら、社員である保険契約者間の「互助組織」であって、部外者への積極的な開示義務を要さず、不特定多数者の投資対象であってはならないのである。

第2のメリットは、株式会社化により事業展開の自由度が高まることである。実定法上、相互会社の多角経営は相互会社の「理念」からの乖離----制度の目的外利用---を意味するから、容認されない。これに対して、株式会社に衣替えすれば、経営陣は戦略的な意思決定の遂行に際し、「社員総代会」の開催という有名無実の作業を省略できる。またこの株式会社が「持株会社」形態をも視野に入れれば、いわゆる「範囲の経済」(economies of scope)を享受できるのみならず、生活保障サ−ビスのフルライン提供を介して保険契約者の利便性−one stop shopping−も高まることが予想されよう。

第3のメリットとして、上場株式会社のばあい、「有価証券報告書」を公表せねばならないから、経営内容の透明度が高まり、経営陣はその手腕を行住坐臥、株式市場で評価されることがある。近年、実際にあるいは事実上経営破綻した生保数社が「全て」相互会社であったということは、経営者の力量を正確に知るモニタリング機構が相互会社において完璧ではないことを意味する。

他方で、物事は通常二面性をもつように、このdemutualizationもまた、良いこと尽くめではない。第1のデメリットは、経営者の裁量域が狭まることである。株式会社の場合、「累積投票制」も相俟って、大株主の発言権・影響力は無視しがたい。対する相互会社のばあい、保険契約者つまり「社員」の発言権は「一人一票」に限定され、その保険契約金額の多寡に関係なく、大口契約者といえども会社経営に干渉することはできない。要するに、相互会社であるかぎり、TOBなどで「乗っ取る」ことはできても、逆に「乗っとられる」ことは論理的になく、この限りで相互会社の経営陣は安泰である。他方でコーポレート・ガバナンス上の問題点−経営陣の乱脈−もここに伏在しうる。かつて米国では、保険株式会社が外部からの干渉を遮断する意図をもって相互組織へ変更すること(mutualization)が流行った。これは、将棋の定石の1つ「穴熊」戦法に一脈相通じる。

第2に、大量契約を保有する相互会社が株式会社化した場合、「株主総会」の運営が困難となる。本邦最大の相互会社・日本生命は1450万人の契約者を擁する。この「契約者」が株式会社化で「株主」に地位変更となったばあい、「株主総会」を設営することは可能だろうか。現在、日本で160万人と最多の株主数をもつNTTのそれから類推すれば、至難の業であろう。またそれ以前に、「企業形態変更」に伴なう保険契約者兼社員の持ち分の算定にかかる作業は繁雑を極め、費用も莫大な額になろう。この意味で、巨大な相互会社は自由な事業展開にかかる「戦略障壁」に遭遇している−将棋でいう「雪隠詰め」状態にある−ようである。活路として大規模生保は現在の企業形態を維持しつつその自由度を高める「持株相互会社」構想をもっている。その他、詳細に点検すれば、demutualizationに伴うデメリットがいくつか列挙できる。だが、総じて、中規模以下の相互会社の場合、株式会社化にともなう致命的なそれは見当たらない。従って、戦前のように、株式会社が生保の主たる企業形態となる可能性は小さくない。

 
Copyright©, 2003高尾厚
 
この「ビジネス・キーワード」は1999年8月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。