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オーバーシュート

高嶋克義

経営学やマーケティング論において「オーバーシュート」とは、メーカーが顧客の望んでいる以上の品質や性能の製品を開発して市場に出してしまうことであり、日本企業による「過剰品質」「過剰仕様」を指摘する場合などでよく用いられる。

オーバーシュートの現象が起きれば、製品技術がいくら優れていても、消費者の目から見れば品質や性能の違いがないのも同然になるので、低価格が好まれ、激しい価格競争に巻き込まれる。当然、そのような価格競争のもとでは、品質や性能を高めるために費やした開発や生産の費用は回収できないために、企業は低収益に陥る。したがって、オーバーシュートは、コモディティ化を促す要因の一つと言われている。

このように書くと問題解決は、さほど難しいようには思われず、市場のニーズをよく考えて製品を開発すべきという平凡な示唆を提供しているように見える。しかし、ここで2つの問いが立てられる。

まず1つは、需要を追い越したことに、なぜ気が付かないかである。それが「イノベーションのディレンマ」だという答えが返ってきそうだが、魅力ある潜在需要には気が付かないとしても、自分たちのまさに直面している市場で価格を受け容れてもらえないという現実に気が付かないのは、なぜだろうか。

そして、もう1つは、技術によって需要が刺激されることをどう考えるかである。例えば、企業がある技術革新に成功し、それによって消費者の新たな需要が創出されたとしよう。この場合は、開発時点における消費者の期待以上の品質や性能を提供しているが、それはオーバーシュートとは言わず、市場創出と賞賛される。また、企業が市場創出を想定して技術開発に取り組むとき、それはオーバーシュートによるコモディティ化への危険な道を進んでいるのか、それとも、市場創出によるマーケットリーダーへの道を進んでいるのか、どちらになるのだろうか。

これらの点で重要になるのは、市場のニーズを捉えていたかどうかではなく、期待していた市場が結果的には創出されない事態が起こるかどうかである。そして、「ものづくり」の強みを追求することが、ここで判断を誤る危険性を高めてしまうために、日本企業においてオーバーシュートの問題が指摘されやすいと考えることができる。

現在、コモディティ化に苦しんでいる日本のメーカーの多くは、これまで製品や部品の技術における差別化を追求することを得意とし、そのための組織体制を発達させてきた。すなわち、製品や部品の性能・仕様に関する技術革新を連続的に引き起こすためには、技術開発部門に開発の意思決定権限を委譲した分権的な開発体制のもとで、同じ技術者が中心となる生産部門と連携し、技術者の自発的な連携と開発の自由度に基づいて技術革新を進めることが有効であり、それが製品の技術的な優位を確立するための条件であった。

その技術革新は、漸進的な革新においてとくに威力を発揮するが、オーバーシュートになっても改良・改善を続けてしまうのは、開発部門と生産部門との連携や技術者主導のもとでの技術や製品の開発を行う体制に原因がある。すなわち、技術者の「現場」の外にある市場の情報が入らないまま、改良・改善が行われやすいのである。

また、技術革新は、漸進的な革新ばかりではなく、技術者にとっての画期的な技術革新もあるが、技術者に主導権があり、開発部門と生産部門との連携のもとでの技術や製品の開発では、消費者が製品を見て初めて、その需要を認識できるような潜在的なニーズの発掘を行うのは難しい。技術者の視点で市場を見ることから「技術が需要を作り出す」ことへの楽観的な期待が強くなってしまい、意思決定を誤る危険性が高くなるからだ。

本来であれば、消費者の潜在ニーズの探索や分析を行うマーケティング部門が、製品開発の主導性を発揮し、開発部門と連携して製品開発を進めることが必要になるが、それでは、従来の「ものづくり」の優位性を作ることはできない。それが日本の消費財メーカーの抱えるディレンマであり、「ものづくり」を強みとして、開発−生産部門の連携で製品開発をしている限り、オーバーシュートに気が付くのは、製品が店頭で安売りされるときになってしまうのだ。

さらに、市場創出というのは、消費者に新製品を提示すれば自然に生まれるものではない。とくに、大きなシェアを獲得することで価格競争力を確保しようとする製品であれば、消費者の多様な選好を1つにまとめあげ、国内外に幅広く流通させることが必要になる。それを達成するには、新たな顧客価値を伝えるための大規模な広告投資やグローバルに展開したチャネルへの投資などのマーケティング投資が不可欠となる。

ところが、「ものづくり」のための開発−生産の連携の体制では、このようなマーケティング投資は、後の段階で別の部門が考える問題とされやすい。開発部門の技術者にその権限や責任はなく、売るための努力は、営業部門の責任であると考えてしまうのだ。しかし、本来は、大規模なマーケティング投資を前提として製品を開発しなければ、市場を創出するような製品は生まれにくいはずである。つまり、マーケティングと製品開発とが分離した体制のもとでは、技術が市場を大きく拡張することは起きるはずもなく、オーバーシュートを起こしてしまうのである。

要するに、日本の消費財メーカーがオーバーシュートの問題を克服するうえでは、製品開発やマーケティング投資の意思決定をトップダウン型にすることが重要になる。それは、「ものづくり」中心の組織体制とは大きく異なることを認識すべきであろう。

Copyright © 2013, 高嶋克義