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ワーク・ライフ・バランス

上林憲雄

 

企業経営の時流を読み解く最新キーワードの1つに「ワーク・ライフ・バランス」があります。ご存じの通り、この語は「仕事と生活の調和」と訳され、ワークに比べてライフが軽視されがちな生活スタイルを改め、私生活を犠牲にしない働き方の推進を目指したキャッチフレーズで、目下、官民挙げた取り組みがさまざまな形で行われています。ワーク・ライフ・バランスの推進に取り組むことは私たちの生活が豊かになることを意味しますから、そのこと自体とても素晴らしいことです。しかし、私はこのキャッチフレーズに関連して、若干気がかりな点があります。それは、目下のワーク・ライフ・バランスへ向けた各種の取り組みが、就労形態や労働時間短縮などワークの“外枠”に関わる問題がことさらクローズアップされる嫌いがあり、この結果、肝心のワークの“中身”、すなわち働き方そのものや仕事内容の豊かさの側面がなおざりにされがちなことです。

そもそもバランス(balance)という語は振り子や天秤を想起させる語で、したがってワーク・ライフ・バランスとは、即ち「ワークの量や時間をなるべく軽減し、ライフにあてる時間を増大させる」という意味であるとしばしば理解されがちです。実際、欧米諸国では労働とは骨折りそのものであり、なるべくその量は少ない方が人間にとって望ましい、と考えられているようです。そして、その延長線上にくる考え方として、「ワークはいくら大変で骨が折れるものであっても、(ライフさえ充実していればそれで)構わない」という発想法が出てくることになります。しかし、特に日本企業のコンテキストで、本当にこれは妥当な考え方といえるでしょうか。

欧米的発想法では、仕事は分業すればするほど効率が上がると考えられ、できる限り作業を分割し、従業員各自の責任範囲を明確に定めて仕事をこなす習慣があります。しかし、それでは仕事が楽しくなく、すぐに離職してしまうという逆機能があることがわかってきました。これに対し、日本企業にはこれまで、ワークとライフを完全に分離せず、その双方の間の線引きを敢えて曖昧なままに残しておく風土特性がありました。こうした日本文化は、最近では副作用の側面ばかりが強調されて語られる傾向にありますが、このワーク・ライフ・バランスという側面に絡めていうと、私は「日本的なるもの=悪」という短絡的図式で考えるのは得策ではないと思います。

実は、日本企業には、本来は骨折りであるワークの中にも、うまくライフ的要素(面白み)を取り込み、欧米のような完全な分業体制を組むのではなく、チームで柔軟に作業を進めていくという伝統がありました。我が国ではむしろ作業員に、仕事を飽きさせないようなコツ、例えば仕事内容をたまに転換したり、範囲を拡充したり、ちょっと難しめの仕事をやらせてみたり、といったことが積極的に行われてきていました。職場や企業を1つの家族として見立てるようなこともよく行われてきていました。つまり、日本企業では、ワークとライフを、片方を上げればもう片方は下がるといった天秤のように見るのではなく、ワークもライフもともに重要で、両者は不可分に結びついていると考える、素晴らしい文化風土が根付いているのです。

昨今のワーク・ライフ・バランス向上へ向けた諸施策がうまく機能するのは、一人ひとりの従業員が職場でも楽しく生き生きと働いていることが前提でなければならないはずです。実際、ワークが充実している作業員ほど、ライフでも家庭生活や地域社会生活に積極的に精を出し、頑張っているということが最近の研究で明らかにされています。労働時間短縮へ向けた動きや多様な働き方の推進はもちろん重要ですが、これらワークの“外枠”を整備すると同時に、肝心かなめのワークの“中身”を再検討、再設計し、各自が主体性をもって楽しく仕事ができる状態を目指す必要があるといえるでしょう。

そして、ワークの中身をも考えたワーク・ライフ・バランス施策が日本企業で展開されるようになれば、日本企業の従業員のみならず経営にとってもプラスになる、有意義な経営戦略になりうるはずです。「福利厚生としてのワーク・ライフ・バランス」ではなく、「経営戦略としてのワーク・ライフ・バランス」論の展開も可能となることでしょう。

 
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