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赤字決算

音川和久

日本経済新聞(2009年5月30日)の報道によれば、上場企業全体の2009年3月期連結決算の最終損益合計は、2002年3月期以来7年ぶりに、3兆6700億円の赤字となった。しかし、1年前の新聞記事(2008年5月31日)は、2008年3月期連結決算の最終損益合計が18兆円余りの黒字であり、連結経常利益が6期連続の増益、そして5期連続の最高益を達成したことを報道している。わずか1年の違いであるが、その決算数字は極めて対照的である。もちろん、主たる原因は、リーマン・ブラザーズの経営破綻に伴う、昨年秋以降の深刻な金融危機によって実体経済が急速に悪化したことにある。しかし、国際会計基準とのコンバージェンスを図るために新設・改正された会計基準が、その影響を増幅させている点も見逃せない。たとえば、いくつかの例を挙げてみよう。

(1)減損会計基準では、減損の兆候と、固定資産から生み出される割引前将来キャッシュ・フローの見積額が帳簿価額を下回ることを条件として、当該資産の帳簿価額をその回収可能価額まで減額させることを規定している。減損の兆候は、営業損益や営業キャッシュ・フローの継続的なマイナス、事業再編(リストラクチャリング)の実施などに基づいて判定される。昨今のような経済環境の悪化に伴って、多くの企業において減損の兆候があると判断され、将来業績の見通しが悲観的であることから回収可能価額が小さく算定される。帳簿価額と回収可能価額の差額は、減損損失として損益計算書に計上されるので、会計利益が押し下げられる。
(2)金融商品会計基準では、企業が保有する有価証券の期末評価をその目的別に規定している。株式の相互持合は、日本企業の特徴的なガバナンス構造の1つであり、日本企業は多くの有価証券を保有している。昨今のような経済環境の悪化に伴って、上場有価証券の時価や非上場会社の実質価額が著しく低下する。このような場合、帳簿価額と時価または実質価額との差額は、有価証券評価損として損益計算書に計上されるので、会計利益が押し下げられる。
(3)税効果会計基準では、貸借対照表に計上されている繰延税金資産の回収可能性を毎年見直しすることを規定している。繰延税金資産の計上は、将来時点において課税所得を減額させて税金負担額を軽減することができると認められる範囲でしか行うことができない。昨今のような経済環境の悪化に伴って、将来業績の見通しが悲観的になると、繰延税金資産の取り崩しを余儀なくされるので、会計利益がさらに押し下げられる。

この10年余りの間に整備された一連の会計基準は、旧来の基準に比べると、経済環境が悪化したときに企業の業績水準をよりいっそう押し下げる効果を有するものが多い。しかし、影響はそれだけにとどまらない。将来業績に対する悲観的な見通しが必ずしも正確ではなく、景気がいったん回復しはじめると、たとえば減損損失を計上した固定資産の償却負担の軽減などによって、景気回復期の業績水準がよりいっそう押し上げられるという効果を併せ持つことになる。このことは、新しい会計基準のもとでは、景気循環における山をいっそう高くし、谷をいっそう深くすることによって、企業業績の振幅が今まで以上に拡大されやすいことを意味する。

事実、日米の最近の実証研究は、会計利益の特性が近年、大きく変質しつつあることを明らかにしている注)。すなわち、最近の期間になればなるほど、利益の構成要素である収益と費用の対応関係が弱くなり、ボラティリティ(変動性)が上昇し、持続性が低下していることを裏付けている。企業会計基準委員会が公表した『財務会計の概念フレームワーク(討議資料)』によれば、財務報告の目的は、投資家の意思決定に資するディスクロージャー制度の一環として、投資のポジションとその成果を測定して開示することにある。しかし、投資の成果を表す会計利益のボラティリティが高まり、その持続性が低下することは、投資家が企業価値を評価するために必要不可欠な将来業績の予測がよりいっそう困難になることを示唆する。会計利益の変容とその経済的帰結は、筆者が現在取り組んでいる研究課題の1つである。


注)関心のある読者は、たとえば以下の文献などを参照されたい。
  • Dichev, I. D., and V. W. Tang, “Matching and the Changing Properties of Accounting Earnings over the Last 40 Years,” The Accounting Review Vol. 83, No. 6 (December 2008), pp. 1425-1460.
  • 音川和久「損益計算要素の持続性」須田一幸(編著)『会計制度の設計』白桃書房、2008年、195-211頁。
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