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リーダーシップ・パイプライン

金井壽宏

あっと言う間に、この国でも広く使われる言葉になるだろうが、リーダーシップ・パイプラインという新たなビジネス・キーワードを取り上げてみたい。

創業者として松下電器産業を支えていたのが松下幸之助ひとりだったら、中興の祖としてGEを20年間引っ張ってきたのがジャック・ウェルチひとりだったら、いつか困ったことになる。組織のそこかしこに、事業分野を問わずに、また、組織階層を問わずに、戦略発想で変革志向のリーダーシップが育っていて、日々活躍していることが肝心だ。もしも松下やGEなどの企業のリーダーシップのエンジンがたったひとりの強力なリーダーだけで、そのひとに影響を受けながら育っているリーダーが次から次へと生まれていなかったら、やがて創業者が亡くなったとき、中興の祖が退いたときに、エンジンは止まる。そうならないために、絶えずリーダーが排出される仕組みを目指す会社が、リーダーシップ・パイプラインという言葉を使うようになった。神戸大学ゆかりの経営人材研究所(KIMPS)で、リーダーシップの体系的育成で定評のある会社を2006年に調査したが、いずれの訪問先でも、リーダーシップ・パイプラインという言葉と、この後で述べるロミンガーの70−20−10の法則を耳にしたものだ。

さて、もう一度GEを例にとれば、ウェルチは、自分のリーダーシップの持論を覚えやすい形で明示化し、それを敷衍してGEバリューとして共有し、しかも、どんなに忙しくても週に1回は、研修所に顔を出し、直接経営幹部候補に語り、また、直接ウェルチの薫陶を受けたひとがリーダーシップを仕事上の経験を通じて学ぶことを重視した。GEの人事部の経験が長いある方は、彼女の私見だが、「GEは、ジャック・ウェルチがCEOをしている間に、すべての人事制度が、リーダーシップ育成を基軸に統合された」と述べた。ウェルチは4つのEとして知られる持論(ここではスペースの制約があり述べないが、中身が気になる方は、拙著『リーダーシップ入門』(日経文庫)を参照されたい)を語り、それと言行一致した行動をとった。その下でGEの事業経営責任者は、ジェフ・イメルトも、ロバート・ナーデリも、ジェームズ・マクナーニも、それぞれ経験してきた主要事業分野でリーダーシップを発揮することを学んだ。さらにその下で、また、より若い世代が、若いときから、変革のためにリーダーシップを発揮することは大事なことだと経験と薫陶と研修から学んだ。その結果、GEではどの事業分野でも、どの国にいっても、リーダーシップを発揮できる人材がどんどん生まれるようになった。だれかひとりがリーダーシップを強力に発揮するのではなく、だれもが自分なりにリーダーシップを発揮できるように、組織のなかでリーダーシップの連鎖ができあがっていくことを、かつてGEの研修所長を務めたミシガン大学のノエル・ティシーは、「リーダーシップ・エンジン」と呼び、同名の書物を書いた。

この国でも、もっと早い時期に、松下幸之助は、自分が病弱だったからこそ、早い時期から事業部制を通じて、各事業分野を任せることで、経営人材のリーダーシップの連鎖を創った。だから、わが国でも、だれかひとりだけに依拠した組織は脆弱だという認識は最初からあった。松下幸之助氏がエアコン事業部長であった山下俊彦氏を育て、山下氏がさらに若い世代のリーダーを事業部のなかで育て、そのひとがさらに現場に近いリーダーを育てる。人事部がリーダーを育てるのではなく、ラインでの仕事の経験と、そのときの上位者でリーダーシップを発揮しているひとからの直接の薫陶がひとを育てる。実際に、経営幹部として優れたリーダーシップを発揮できるようになった人びとに、そこに至るまでどのような具体的出来事が有益だったかを尋ねると、経験が7割、薫陶(力のあるひととの関係)が2割、研修や読書などの座学が1割となる(よくあげられるロミンガー(Lominger)社の数字)。ティシーとウェルチが使ったすばらしい言葉に、「リーダーを育むリーダー(leader-developing leader)」という概念がある。幸之助やウェルチのようなひとは、「リーダーを育むリーダーを育むリーダーを育む……リーダー」となる。親亀の背中に子亀、その背中に孫亀が、さらにその背中に曾孫亀、さらに曾曾孫亀が乗っかっているのと同じで、リーダーの下で薫陶を受けながら仕事上の経験を通じて、新たなリーダーが育っていく連鎖がここにある。この連鎖を、リーダーシップ・パイプラインと呼ぶ。

では、リーダーシップ・パイプラインの概念が今あらためて注目されている理由はどこにあるのか。それは、ひとつは、理論のための理論ではなく、育成に役立つ研究や、育成に役立つ実践家の持論に注目する点だ。松下幸之助も、ウェルチも自分なりのリーダーシップの持論を言語化している好例である。もうひとつは、リーダーシップは座学で身につくのではないので、7割のウェイトを占める経験を重視することである。しかし、経験が大事だというだけに留まるなら、水泳を教えるのに、泳法を教えるのではなく、ただ沖に連れて行って放り投げるのとそう変わらない。最終的に経営幹部、CEOになるまでの経験の連鎖をひとりひとりの候補者にとって最適化するために、「経験の理論」を開拓している点に特徴がある。わたしが『ビジネス・インサイト』のトップ・インタビューで心がけていることは、経営幹部としてリーダーシップを発揮するようになるまでの「一皮むけた経験」を聞き出し、経験の教訓を話し合う中から、その経営者のリーダーシップ持論を言語化する一助となることだ。このような地味な作業を通じて、日本版の「経験の理論」がうまくできあがり、それに対応した調査が各社で行われれば、リーダーシップの育成をもっと体系化し、もっと加速化することができるだろう。

シャープや旭硝子で、50代の社長が生まれた。今後、社長の器と思われるひとが、もっと早く頭角を現すのに役立ち、同時に、そういう今までよりも若い社長が生まれるころに、組織のあらゆる分野で、あらゆるレベルで、それぞれの分野・レベルの目線で戦略発想で変革を起こせるリーダーが途切れることなく育っていったとしたら、それこそが、リーダーシップ・パイプラインというものだ。

 
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