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因果関係の説明とその方法論

坂下昭宣

本学ビジネススクールでは修了要件の1つとして、専門職学位論文の執筆が義務づけられている。これは一般大学院の修士論文に相当するものだが、それよりは幾分実践的含意の提示を重視しているようである。しかし、実践的含意の提示は研究対象(企業の戦略や組織や人)の「因果関係の説明」を前提とするものであるから、それへの方法論をしっかりと自覚しておくことが不可欠である。ここでは、次の3点を述べてみる。

第1に、研究対象の「分析レベル」を自覚しておかなければならない。これには個人レベル、集団レベル、組織レベル、組織間レベルがあり、その中のどのレベルを採るかで、使用する「概念」や「ケースの意味」が異なってくる。たとえば個人レベルを採ると、使用する概念はモチベーションやキャリアといった個人属性になり、そのときのケースは個々の社員となる。しかし組織レベルを採ると、使用する概念は組織構造や組織文化といった組織属性になり、そのときのケースは個々の会社になる。このようにどの分析レベルを採るかで、どんな概念を使用しなければならないかということや、どんなケースを対象に調査をしなければならないかということが異なってくるわけである。

第2に、「因果関係の説明」ということの意味を自覚しておく必要がある。一般に「説明」とは、複数の現象間の因果関係を明らかにすることである。因果関係の説明には、「ケーススタディ」と「サーベイリサーチ」の2つの方法がある。前者は対照的な現象を生じさせている複数のケースを特定の「分析枠組み」を使って比較分析することで現象の原因を突き止めることであり、その方法は「比較ケース法」と呼ばれている。後者は複数の現象を記述する個々のケースを背後母集団の中から「サンプル」としてランダムに抽出し、そのサンプルの統計分析をもとにして背後母集団の因果関係に迫ろうとする方法である。

ケーススタディにしろサーベイリサーチにしろ、因果関係の説明には現象の数以上のケース数が必要である。したがって、因果関係を説明するための比較ケース法は、「単一ケーススタディ」ではなく「複数ケーススタディ」でなければならない。同じ理由で、因果関係を説明するためのサーベイリサーチでは、サンプルサイズを表すNは現象の数より大きくなければならない。

しかし専門職学位論文の中には、こうした点についての自覚が足りないのではないかと思われるものがたまにある。それはたとえば、自社の単一ケースをもとに因果関係を推定した上で、実践的含意を提示しているような論文である。しかし、ある現象の原因を特定するには、その現象を呈示している自社ケースとは逆の現象を呈示している対照的な他社ケースが必要である。そうした少なくとも2つのケースを比較分析するのでなければ、その現象の原因は特定できないし、実践的含意も提示できないはずである。

第3に、ケーススタディとサーベイリサーチのそれぞれが説明する因果関係は、「一般性」という点でその意味が相当異なっている。この点についてしっかりとした自覚が必要である。

まず比較ケース法では、分析対象である複数ケースはランダムサンプリングによって抽出されるのではなく、何らかの「分析枠組み」に基づいて選択的に抽出される。したがって、比較ケース法で推測した因果関係は厳密には分析対象となった「ケース群」について成り立っている。しかしそれは原理的には、そうした因果関係を同じ分析枠組みによっていつでも「再現」できるという意味で、一般的でもある。このような一般化は、「分析的一般化」と呼ばれる。分析的一般化は、同じ条件下で同じ現象を、または逆の条件下で逆の現象を再現できることで保証される一般化である。したがって、比較ケース法はいわゆる「実験」と同じ原理に立つものである。

他方、サーベイリサーチの場合には直接の分析対象は「サンプル」であり、これはランダムサンプリングによって抽出される。このサンプルのランダム性は重要である。サンプルはこのランダム性によって背後母集団の「代表性」を獲得し、そのことが背後母集団のパラメタの推定や検定を可能にするからである。たとえば、因果関係の強さを意味する回帰係数bはサンプルについてのものだが、背後母集団におけるbの理論値βがβ≠0となるか否かを、bの値とサンプルサイズNの大きさから結論づけることができるのである。このように、こうした方法によって得られる結論は単にサンプルについてのものではなく、サンプルから統計的に推測される背後母集団についてのものであって、それは「統計的一般化」と呼ばれるのである。

専門職学位論文の執筆においては、以上述べた3点を十分理解し自覚しておくことが肝要であろう。

 
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