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社会科学の研究成果を社会に

宮原泰之

経営学は社会科学の一分野です。経営学はビジネスに関わる問題を研究する分野であることから、学術研究としては応用研究であると言えます。自然科学の分野で言うと、工学の分野に当たるかもしれません。工学の分野では、大学の研究室で得られた多くの研究成果が産業界で役に立っています。例えば、光ファイバーの発見は産業界だけでなく現代のネット社会に大きな貢献をしています。工学における研究は物理学や化学などの基礎研究によって支えられています。経営学などの社会科学における基礎研究に当たるものとしては、心理学や社会学、また、計量経済学やゲーム理論など、数学に関わる分野があります。

ここでは、基礎研究としてゲーム理論を用いている、メカニズム・デザインという分野における研究成果のビジネス界への貢献例を紹介しましょう。1994年にラインハルト・ゼルテン、ジョン・ナッシュ、ジョン・ハーサニの3人がノーベル経済学賞を受賞してから、「ゲーム理論」という言葉は専門家でなくても、どこかで耳にする言葉になりました。ジョン・ナッシュの人生を描いた『ビューティフル・マインド』という映画で「ゲーム理論」はさらに有名になりました。ゲーム理論は社会科学、生物学などの分野で盛んに応用されています。私の共同研究論文(PDF, 428KB)でゲーム理論の雰囲気を味わってみてください。論文を読まなくても、ざっとスクロールして、こういう感想を持ったことでしょう。「こんな数式でビジネスの何の役に立つんだ?」

さて、メカニズム・デザインという分野ですが、大雑把に言えば、アドバース・セレクションやモラル・ハザードの問題を研究する分野です。このメール・マガジンを購読している方なら、これらの用語は聞いたことがあるでしょう。ここで紹介するのはこの分野の一角をなす、オークション理論についてです。オークションというのは、英国のクリスティーズや米国のサザビーズで行われている美術品のオークションやインターネット・オークションなどのような、いわゆるオークションのことです。オークションは紀元前からある取引方法です。オークション理論は現在、最も注目されている研究分野のひとつです。オークション理論では、私の共同研究論文よりも遙かに高度な数学を用いて分析が行われます。

このようなオークション理論の研究成果がビジネスで実際に役に立っています。その研究成果の応用のひとつが、多くのポータル・サイトで行われているキーワード広告サービスです。ここではGoogleのキーワード広告サービスであるAdWordsについて紹介しましょう。Googleを取り上げる理由は、AdWordsがオークション理論における研究成果を応用していることを明言しているからです。以下のページ(PDF)を参照してください。
http://www.google.com/adsense/afs.pdf
上記のサイトに書いてあるように、ノーベル経済学賞を受賞したWilliam Vickrey教授の研究を発展させた理論を採用しています。

検索エンジンで適当なキーワードで検索すると、検索結果画面に検索結果だけでなくスポンサーサイトも表示されるようになっています。これがキーワード広告です。試しに、Googleで適当な単語で検索すると目立つ位置に「スポンサーリンク」も表示されます。スポンサーリンクの中でも目立つ場所とそうでない場所がありますが、リンクの場所はオークションで決められています。

AdWordsでは、セカンド・プライス・オークションというオークションを拡張したものが使われています。セカンド・プライス・オークションとは次のようなものです。あるひとつの財がオークションに出されているとしましょう。この財を落札したいと思っている人達はその財に対する入札額を提出します。そして、最も高い入札額をつけた人が落札します。しかし、支払額は2番目に高い入札額になります。このようなオークションはYahooなどのネット・オークションでも採用されています。自分が支払ってもよいと思っている最大支払い額を入力しておくと、最高入札額が更新されるたびに、その最高入札額に自動的に上乗せして最高入札額が自分になるようなサービスが提供されています。一方、最も高い入札額をつけた人が落札し、その入札額を支払うようなオークションはファースト・プライス・オークションと呼ばれています。公共工事などのような、私たちが普通にイメージする入札はファースト・プライス・オークションです。

一見すると、財を売りに出している人にとっては、ファースト・プライス・オークションのほうがセカンド・プライス・オークションよりも高い金額を手に入れることができるように思えるかもしれません。しかし、これは必ずしもそうではないのです。このことについて、オークション理論には収入等価定理(Revenue Equivalence Theorem)と呼ばれる重要な定理があります。細かい数学的な前提などを端折って、定理を簡単にまとめると、潜在的な入札者が多い場合にはファースト・プライス・オークションとセカンド・プライス・オークションでは、財を売りに出している人にとって期待収入額はほとんど変わらないというものです。つまりキーワード広告のように、潜在的な入札者が多い場合にはファースト・プライス・オークションとセカンド・プライス・オークションでは、財(キーワード)を売りに出している側(Google)からすると期待収入額はほとんど変わらないということです。しかし、AdSenseにおけるキーワード・オークションでは価格(入札額)と数量(クリック数)を同時に入札するという方法になっているので、必ず収入等価定理が成り立つ訳ではありませんが、潜在的な入札者が多い場合には、現実的な観点からは期待収入額の差は小さいことが予想されます。Googleではセカンド・プライス・オークションを応用して、キーワード検索画面の一番目立つ場所に最も高い入札額をつけた企業のリンクを貼り、支払額は2番目に高い入札額に少しだけ上乗せしたものにしています。

財の売り手からすると、ファースト・プライス・オークションとセカンド・プライス・オークションで期待収入額にほとんど差がないのなら、ファースト・プライス・オークションでよいのでは?という疑問を抱くかもしれません。キーワード広告については、セカンド・プライス・オークションのほうがファースト・プライス・オークションよりもよさそうなのです。なぜかというと、広告の対象であるキーワードは流行に左右されるものが多く、一時的にしか広告の対象とならないものもあるため、常に入札できる状態にしておかなければならないからです。そうすると、ファースト・プライス・オークションを採用し、常に入札できる状態にしておくと、入札額や購入数(クリック数)が不安定になり、結果として、単価は高いものの、購入数は少なかったり、購入数は多いものの、単価は低すぎるということになり、キーワードの売り手からすると、得にならないかもしれないのです。セカンド・プライス・オークションを採用すると、このような不安定性はありません。支払額は2番目に高い入札額ですので、自分の入札額とは関係ありません。そうなれば、支払ってもよいと思っている最大額で入札するでしょう。このように、セカンド・プライス・オークションに利点があるのです。

Googleの売り上げの90%以上が、キーワード広告収入であり、その成功を目の当たりにしていることからも、オークション理論がビジネスに貢献していると認めざるを得ないのではないでしょうか。セカンド・プライス・オークションというアイデア自体は非常に古くからあります。これがGoogle AdWordsを代表とするキーワード広告サービスで大胆に採用されるに至ったのには、オークション理論の貢献は無視することはできないでしょう。経営学、経済学などの社会科学の研究成果の中には、今回紹介したようなすばらしいアイデアがまだまだ眠っている可能性があります。そういった学術研究成果に触れることができ、実際にビジネスに生かしていくことができるのはビジネス・スクールで学ぶ、もしくは学んだことのある方々しかいないと思います。

参考文献

ジョン・マクミラン(1995),『経営戦略のゲーム理論―交渉・契約・入札の戦略分析』,有斐閣.伊藤 秀史, 林田 修 (翻訳)

ジョン・マクミラン(2007),『市場を創る―バザールからネット取引まで』,エヌティティ出版. 瀧澤 弘和,木村 友二 (翻訳)

Edelman, B., M. Ostrovsky, and M. Schwarz (2007): ''Internet Advertising and the Generalized Second-Price Auction: Selling Billions of Dollars of Keywords,'' American Economic Review, Vol. 97, No. 1, pp. 242-259.

 
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