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日本企業の国際経営の歴史的連続性

桑原哲也

日本の製造企業の多国籍企業化は、 1960 年代から始まったという主張が、経営学、国際経営論において、あたかも常識的であるかのように述べられてきた。そこでは、戦前の日本企業の大陸進出と、戦後の海外進出とは異質のものであり、連続性を認めることはできないと示唆されている。こうした歴史観にたって、日本企業の国際経営は説明されてきた。そして欧米の多国籍企業に比べて、遅れた経営が行われているとか、現地化が進んでいないといった説明が、次々と登場してきた。こうした不適切な説明は、日本企業の国際経営についての歴史的把握のあやまりから、生じてきたと考えられる。

日本企業の多国籍化は、明治時代から開始されているのであり、製造企業の海外現地経営は、両大戦間期に大規模に展開された。それは、敗戦後の 10 年間の空白を一時的には経験したものの、海外直接投資の動機としての輸出市場の防衛、および現地経営のスタイルには、歴史的連続性が見られる。ここでは特に現地経営について、在華紡 ( 中国に建設された外国資本の紡績工場 ) のうち最大級の規模に成長していた、大阪に本社を持った内外綿会社の中国における現地経営を説明する。

すでに第一次大戦の終わるまでにすでに中国最大級の紡績企業としての地位を打ち立てていた内外綿は、大戦後中国紡績業の拡大の中で激しい競争に直面した。日本の有力紡績企業の中国投資と大規模な中国における現地工場に対する競争への対策を講じる必要の認識とともに、一部の民族紡績業の成長には注意が必要であった。こうしたなかで、内外綿の経営陣は、民族紡績がいまだ十分には供給できない製品分野に急激にシフトした。それが、 1920 年代後半から 1930 年代はじめにかけての製品の高付加価値化であった。そうした動きは、中国の関税自主権の回復による、中国紡績業の保護政策をも考慮に入れての戦略であったことは言うまでもない。さらに、苦境にあえぐ多数の民族紡績業者が抱く外資への反発にたいする処方箋としての意味もあった。

内外綿の主力事業拠点としての上海支店は、 1927 年から 32 年にかけて製品をドラスチックに高付加価値化した。すなわち綿糸においては太糸から中糸、さらにガス糸へ番手を高度化し、綿布部門を拡大して薄地綿布の生産を増やした。さらにその綿布をプリントなどを施して加工したのである。こうして、それまで輸入によって充足されており、当時急激な需要の拡大が見込まれた高付加価値綿製品に特化したのである。これは、市場における民族紡績との棲み分けを可能とした。こうした高付加価値製品は、中国国内のみならず、インドをはじめとする第 3 国へも輸出されるようになった。

ところでそうした現地活動は、たゆまない日本の工場からの技術移転および多数の経営者・従業員の中国での長期駐在によって可能とされたのである。進出当初よりすでに内外綿は、現場の直接管理を行っていたのであるが、そうしたしくみを通じて、日本で学習した最新の技術を、現地へ移転していた。日本紡績業における技術革新の波に乗りつつ、そうした技術や経営ノウハウを中国へ移転するには、日本国内の工場を最新鋭の技術で運転しておく必要があったことは言うまでもない。そうしたなかで、それまで中国への技術移転の拠点として機能してきた西宮工場の限界を知覚した内外綿の経営陣は、 1920 年代末、安城工場を構想した。全世界の紡績先端技術の粋を集めて、念入りに設計され、 1932 年着工し、 1934 年第1工場が、翌年 1935 年第 2 工場が完成し、 6 万錘の工場として稼動した。 安城工場で、養成された技術者、保全工、オペレーターが中国の事業所へ送られた。

こうした製品戦略と、技術移転の組織を作りつつ、内外綿は、中国における売り上げを増やし、大半の営業年度において、 10 %以上の総資産利益率を上げ続けた。しかし、内外綿の中国における事業所は、断続的に不振に陥った。それは、排外運動によるストライキや、軍事的行動を日本政府が取ったときの混乱やそれに対する中国側の反発が激しくなったときに発生した。こうした時を除いて、内外綿の経営成績は非常に順調に実現していたのである。

内外綿は、中国における競争環境が厳しくなる中で、現地事業所の製品高付加価値化戦略を積極的に推進した。そしてそのために必要とされる技術の高度化を、国内工場における体系的な派遣社員の要請訓練された従業員を派遣し、彼らが担う直接管理によって実現した。こうした行動は、第 2 次世界大戦後の日本企業の現地経営に見られる製品高付加価値化と、日本人社員を中軸とする技術移転の仕組みの間に共通して見られる現象である。われわれは、日本企業の現地経営における歴史的連続性をこうした側面において確認することが出来るのである。

参考文献

桑原哲也「在華紡の組織能力―両大戦間期の内外棉会社―」『龍谷大学経営学論集』
第 44 巻第 1 号、 2004 年 6 月。

桑原哲也「国際経営の歴史」吉原英樹編著『国際経営論への招待』有斐閣、 2002 年。

桑原哲也『企業国際化の史的分析―戦前期日本紡績企業の中国投資―』森山書店、1990 年。

 
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