カスタマー・エクイティのマネジメント

南 知惠子

取引が繰り返されるうちに、取引相手との関係についての満足や信頼感が累積され、より深いコミットメントにつながっていくという考え方がある。この考え方をもとに、顧客との長期にわたる関係は、企業にとって、収益を生み出す資産となるという考え方が台頭してきている。例えば航空会社や百貨店は、マイレージやポイント制という累積的なインセンティブを与えることにより、盛んに顧客取り込みを図っている。何度も取引関係にあるリピート顧客に対して、企業のマイレージプログラムなどの顧客維持プログラムや関係構築の活動は有効に働き、顧客がその企業を継続的に選択するという確率が高まることになる。

この顧客を資産とみなす考え方は、カスタマー・エクイティ(顧客資産)という概念で捉えられる。資産とは、その企業のすべての顧客が生涯にわたってもたらす価値の合計を指す。他の資産と同様に、顧客もまた企業や組織がその価値を測定、管理し、最大化すべき財務的資産として重要視すべきだという考え方である。

顧客を資産としてマネジメントしていこうとする動きの背景には様々な要因がある。1つは、製品差別化による製品の競争戦略の有効性が減少しているという状況である。革新的な技術の欠如や、OEM供給、市場の飽和状態など、差別化戦略自体困難になりつつある。膨大な開発投資を行ない、技術力に基づく製品を市場に展開する戦略よりも、顧客を起点として、顧客の問題解決を図る方向をめざし、顧客を基盤とする戦略へシフトすることへの関心が高まっている。

ここで、すべての顧客を中心に考えるのではなく、基盤とすべき顧客の選別が重視されることになる。2対8の法則と呼ばれるように、少数の重要顧客が売上高の大半をもたらしていることがこれまで経験的に知られてきたが、近年では戦略的に顧客を選別し、顧客を維持することや、関係を深耕することが戦略として認識されるようになっている。

もう1つの要因は、情報通信技術により企業と顧客との接点が変化しつつあることが挙げられる。インターネットという共通の通信手順を通じて、企業と個人消費者とが双方向にコミュニケーションをとれる環境が整ったということは、企業にとっては、インターネット上での顧客の動向を追跡することができ、購買履歴や性別や住所などの顧客のプロフィールを直接入手することが可能になっている。

様々な顧客接点から入手できる顧客情報を蓄積し、活用することにより、顧客との関係を深耕していくことを志向するのが、CRM (Customer Relationship Management)戦略と呼ばれる経営手法である。電話による顧客からの問い合わせや営業活動が、情報技術を利用したコールセンターやSFA(Sales Force Automation)という形態へと変化し、そこから得られた顧客情報をデジタル情報としてデータベース化する。顧客との接点には、インターネットや、CTI(Computer Telephony Integration)と呼ばれる、電話とコンピュータをつなぐ仕組み、携帯電話等のモバイル通信機器が含まれる。購買履歴や顧客の個人情報は、生産や売上、商品に関するデータベースとともにデータウェアハウスに格納される。

顧客データをもとにセグメンテーションが行なわれ、自社にとって、収益をもたらしてくれる顧客ともたらさない顧客、すなわち関係を維持する顧客や関係を育成すべき顧客、関係を維持する努力をする必要がない顧客として識別され、いかなる資源をどう配分すべきか、顧客戦略が策定される。

なぜ顧客維持により収益性がもたらされるかは、新規顧客獲得に費やす広告費や販売促進費などのマーケティング費用が、既存顧客維持に費やす費用よりも高いという経験的な知見より説明される。さらに既存客が長期にわたる固定客として、関連商品の併売や、リピート購買、あるいは上位レベルの商品購買をするのみならず、他の潜在顧客に推奨をすることで、売上がもたらされるという効果も見込める。ここでは、顧客シェア、すなわち顧客個人レベルで見た場合に、顧客がある製品・サービスの分野において自社を選択する割合を増加させていくことが経営上の目標となる。

顧客維持のためには、顧客満足度を高め、顧客のロイヤルティを育成していくことや、離脱を防ぐための苦情処理の対応がなされるが、顧客と企業との関係を他社に切り替えさせないようなスイッチング障壁も意図的に構築される。スイッチング障壁としては、製品やサービスの使用環境、代替的選択肢の有無あるいは入手可能性、特許保護による技術優位、顧客の習慣、政府規制が挙げられる。

例えばある消費者が、国内での航空便サービスを現在1社のみ利用しているとして、移動手段を他のサービスにまで拡大して考慮し、他社に変更したいと思っているとしよう。その消費者が住んでいる地域が、空港まで近いか、列車の方が便利なのか、あるいはその地域で利用できる航空輸送サービスが他に入手可能なのか、移動時間が短い方を好む習慣が形成されているのか、あるいは運行上の規制がサービス内容に影響を与えているのか、といった様々な点が関連し、結局その消費者は、他社のサービスに切り替えることを断念するかもしれない。

顧客維持戦略の収益性が期待されつつも、顧客関係構築や維持自体にコストがかかる。そこで新規顧客の獲得や顧客の維持、そして既存顧客に対する追加売上を最適化するために、財務的な評価法や顧客データの活用等、顧客価値の正確な数値化と、顧客維持と追加販売のミックスの最適化がめざされることになる。

Copyright © 2003 , 南知惠子

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