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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

経営学分野 准教授 鈴木竜太

 

人が育つ組織、人が生き生きとして働く組織、誰もがやりがいをもって働く職場をどうやって実現すれば良いのか、職場や組織の長の方や人事関連の仕事をされている方など、少なくない実務家の人々がこれらヒトの問題に日夜取り組まれているのではないかと思います。子供を育てるのに絶対の道がないように、社員を育てるあるいはやりがいをもって仕事をしてもらう方法に絶対の道はないとは多くの人が感じていることだと思います。しかし、少なくとも高度成長期の多くの日本企業では、従業員は生き生きと働き、その中で人が育っていたことも事実ではあります。新しい人材マネジメントの手法を学ぶことも意味のあることですが、今一度日本企業の人材育成あるいは人材マネジメントを見直すために、3冊の本を紹介したいと思います。


C. オライリー・J. フェファー(著), 廣田里子・有賀裕子(訳)『隠れた人材価値 高業績を続ける組織の秘密』(翔泳社, 2002年)

最初にご紹介する本は、組織行動論の大御所2人による書籍です。彼らが主張している点はシンプルです。それは、優秀な人材を採用し、彼らを引き留めることだけが重要ではなく、採用した後で社員の熱意や才能を引き出すことが重要であるというものです。そして、「普通の人々」から卓抜した成果をいかに引き出すのか、つまり隠された人材価値をいかにして引き出すことができるのか、とういうことが本書には描かれています。本書はいくつかの企業を取り上げ、この平凡な人々が卓抜した成果を出すミステリーを解き明かしています。その解をここでご紹介することは控えますが、本書を読むとそのような企業の事例が、(具体的な手法そのものは新鮮に感じるかもしれませんが)どこか日本的であることを感じるのではないかと思います。その点で本書は、新しいインサイトをもたらすだけでなく、日本企業で働く人々に自分たちが大事にしてきたことへの確信をもたらしてくれるのではないかと思います。思えば日本企業は会社の規模があっという間に大きくなる中で、必要な能力をもった人材をすぐに補充できたわけではありません。自分たちが抱えている人材をうまくやりくりし、最大限に活用しながら対応してきたのではないかと思います。欧米の事例を改めて読みながら、日本企業の先人たちが行ってきた人材育成と人材マネジメントを客観的に見つめ直してはどうでしょうか。

 

竹内洋(著)『日本のメリトクラシー』(東京大学出版会, 1995年)

メリトクラシーとは能力主義あるいは業績主義と訳されます。メリトクラシー社会とは、能力や知識、業績のある人々による統治と支配が確立している社会のことを示します。メリトクラシー社会では、能力のある人、あるいは能力のあることを業績として示した人に機会(チャンス)が与えられ、その機会を活かしてより上のチャンスを獲得します。そのために人々は努力し、エネルギーを費やしていきます。しかしながら、メリトクラシー社会のパラドックスは、そこに敗者、失敗が存在することです。能力あるいは業績によって決まる社会だからこそ、目指した機会や地位を得られない人が現れ、社会はそれらの人々にいかにその失敗を受容させるのかを考える必要があるのです。長期雇用を前提にする場合、組織がピラミッド型である以上、組織内には多くの失敗経験者が存在することになります。組織にとっては、それらの人々に再度がんばってもらうためにも、失敗をいかに受容させるのかということを考えることが重要な課題になるのです。本書では、人々を動機づける「加熱」と人々に失敗を受容させる「冷却」という概念を用い、日本社会の様々な場面(受験戦争、就職活動、入社後の昇進競争)における加熱と冷却のメカニズムを分析しています。その中で、日本企業は様々な仕組みを用いながら、加熱をさせるのと同時に、自分の望みが叶わなかった人々をうまく冷却させる仕組みが人事制度の中にビルトインしていたことが示されています。今の日本では、加熱の仕組みについての議論は様々なあるものの、冷却の仕組みが議論されることはあまりありません。加熱と冷却という2つの概念をセットで見るとこれまでの仕組みがずいぶん違って見えるに違いないと思います。

 

小池和男(編)『大卒ホワイトカラーの人材開発』(東洋経済新報社, 1991年)

最後にご紹介する本は、紹介するまでもない日本を代表する労働経済学者の小池和男先生の著作です。小池先生は最近も多くの著作を著していますが、ここでは1991年に出版された本書をご紹介したいと思います。小池先生の研究スタイルはとにかく現場への取材がベースにあるということに尽きます。本書も、技術者、営業、総合商社、銀行、製造業事務系、人事部門と幅広い専門領域の人々に焦点を当て、日本企業がいかにしてそれぞれの専門領域において人材開発をしてきたのかが検討されています。本書あるいは小池先生の他の著作からは様々なインサイトを得ることができるのは間違いありませんが、自社ひいては日本企業の人材育成、キャリア開発がどのように行われてきたのかということを考える1つの見本だと考えて読んでみてはいかがでしょうか。新しい仕組みや体系を入れることは決して悪いことではないのですが、長く続いてきたやり方にはなんらかの先人の叡知が宿っていることがあります。闇雲に今までのやり方を守り通すということは問題ですが、自分たちがやってきた人材育成の方法にはこれまでの組織の経験と培ってきた知恵と工夫があるはずです。新しい育成方法や教育体系に着手する前に一度自分たちのやり方を振り返ることも有益だと思います。本書は、これが良い方法だと何かを強く主張する書ではありません。淡々とそれぞれの現場においてどのように人材育成が行われてきたのかを分析している本です。そこに物足りなさを感じることもあるかもしれませんが、良い悪いは少し置いておいて、本書を通して人材育成の仕組みがどのようになっていて、何をもたらしているのか、ということを考えてみてはいかがでしょうか。

(Copyright © , 2009, 鈴木竜太)