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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

商学分野 教授 小川進

 

経営学という分野を生業としていることがあって企業が実施する社内研修をお手伝いしたり、研修内容について担当者の方から相談を受けるということがあります。そこで気づくのが研修内容の中に必ずと言ってよいほど「ロジカル・シンキング」を学ぶ時間が割り当てられていることです。多様な要素が複雑に絡み合った現実の中で適切な意思決定を行い、複数の人々が協力してそれを効率的に実施するには「(論理的に)正しく考えること」、そして「正しく伝えること」つまりロジカル・シンキング(そしてコミュニケーション)を身につける必要がある、というわけです。

ロジカル・シンキングでは、物事を論理的に考えるための方法や道具を扱います。物事を洩れ、ダブりなく分類することが重要であること、問題をいくつかの問題に分割して解決しやすいようにする方法、論理的に飛躍や矛盾なく問題を解決したり、説明したりすることなどをそこで学びます。

こうしたロジカル・シンキングを学びたいという人には次の三冊のうちの一つをまずお読みになることをお勧めします。

(1)大石哲之『3分でわかるロジカル・シンキングの基本』日本実業出版社
(2)渡辺健介『世界一やさしい問題解決の授業』ダイヤモンド社
(3)照屋華子・岡田恵子『ロジカル・シンキング』東洋経済新報社

(1)はロジカル・シンキングの中身を3分で読みきれる内容に細かくわけて読み進めるように工夫された本です。(2)はかつて世界的に有名なコンサルティング会社に勤めていた著者が中学生でも理解できるように問題解決(ロジカル・シンキング)の内容を噛み砕いて説明してくれています。(3)は(2)の著者が働いていたコンサルティング会社でエディターとして活動している著者が一般向けにロジカル・シンキング(ロジカル・コミュニケーション)の手法を整理したものです。

せっかくなので、ロジカル・シンキングで学ぶことと関連づけて経営学の代表的書籍を紹介しておきましょう。ロジカル・シンキングで大切なことは二つ以上のモノやコトを関係づけていくことです。ロジカル・シンキングの仕方にはいくつかのものがあります。その一つが演繹法です。身近な例で言うと、足し算や引き算がその一つです。足し算、引き算といった四則演算はある計算上の決まりに従って、計算結果を出します。1+1=2、2+2=4といったものです。このように頭の中だけで、ある前提から論理的に推論して結論を導き出す方法を演繹法と呼びます。ロジカル・シンキングには帰納法という考え方もあります。いくつかの現象からより一般的な規則や原理を抽出するというものです。

世界的に有名な知識創造の理論を提唱した経営学者に野中郁次郎という教授がいます。野中教授は優れた日本企業の実際を観察する中から共通する革新の仕方を抽出し、それに知識創造という名前をつけ概念化しました。野中教授は実際の日本企業の事例から共通する論理(理論)を抽出したという意味で帰納法を使って理論構築を行ったと言えます。その代表作が野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社です。



戦略論の日米比較

演繹法と帰納法に関連してもう少し書籍を紹介しましょう。読者への分かりやすさを優先するために、専門家からすれば「えっ」と思われる大胆な割り切りもしていますがその点がご容赦いただければと思います。

80年代にアメリカと日本でそれぞれ高い販売部数を記録した経営戦略書があります。ハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授が書いた『競争の戦略』ダイヤモンド社と一橋大学(現在は東京理科大学)の伊丹敬之教授が書いた『経営戦略の論理』日本経済新聞社(現在は第3版)です。この二つの著書が生まれる背景を比較すると興味深い事実に気づきます。アメリカで当時最も売れたのはポーター教授の書いた『競争の戦略』でしたが、ポーター戦略論の基礎は経済学にあります。経済学の産業組織論の分野では製品差別化、売り手集中度、買い手集中度、参入障壁、撤退障壁、代替品といった概念を使いながら業界での資源配分に歪みが生じていないかを評価します。産業組織論では資源配分に歪みが生じていない状態というのはメーカー(商品・サービスの提供者)に過度な利益が生じていないことを指しますが、ポーター教授はそれをメーカーの視点から逆手にとりました。資源配分に歪み出す条件が整っている業界ほど魅力的な業界だと考えて戦略の枠組みを構築したのです。ポーター教授の枠組みでは、製品差別化の余地が大きく、部品や素材の売り手(つまり供給業者)が小規模多数で交渉力が弱く、消費者や流通業者といった買い手も小規模多数で交渉力が弱く、参入障壁が高く、代替品の脅威が少ない。そういう業界で企業は高い利益を生み出すことができると教えます。ポーター教授はこうした5つの側面から業界を評価することで自社が利益を出しやすい業界にいるか、どの業界が魅力的かが分かると主張しました。こうした枠組みは経済学から理論的に導出しているという点で演繹法によって生まれた戦略論だと言えます。

それに対して同じ時期、日本で最も売れた経営戦略書は当時、伊丹教授が書いた『経営戦略の論理』という本でした。ポーター教授が経済学という既存の学問から演繹的に戦略論の枠組みを構築したのとは対照的に伊丹教授は過去のビジネス雑誌を読み込むところから作業を始めました。そして日本の企業はどのような行動をしているのかについてデータ化して整理していきました。そのようにして整理されたデータから日本企業に共通する特徴を抽出して経営戦略の枠組みを構築していったのです。現実の日本企業の行動から共通部分を見つけてそこでの論理を発見していったという点で帰納法によって生まれた経営戦略論と言うことができます。伊丹教授は、企業は経営資源の束として見ることができ、中でも情報的資源(見えざる資産)が重要で、情報的経営資源の蓄積、活用の仕方によって企業の成長パターンや経営成果が変わってくると主張しました。このように企業を経営資源の束として見る視点は当時、世界でも珍しく、教授の著書はその後、翻訳され世界的に有名になりました。伊丹教授と似た発想の経営戦略論が同じ頃に海外でも発信されるようになりました。

ポーター教授の枠組みは演繹法、伊丹教授の枠組みが帰納法と使用された思考法が対照的でしたが、主張する内容も対照的です。ポーター戦略論は業界間や業界内でどのような位置取りをするか(positioning)という視点に重点が置かれているためポジショニング学派と呼ばれます。それに対して伊丹戦略論は位置取りよりも資源展開を重視するため資源ベース論(resource-based view of the firm)と呼ばれ、経営戦略論の教科書ではポジショニング学派と肩を並べる代表的戦略論として紹介されるようになっています。

(Copyright © , 2009, 小川進)