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研究スタッフが選ぶ、オススメ図書

会計分野 教授 三矢裕

 

管理会計はどこまで貢献できるのか、どこまで出しゃばったら経営の足を引っ張ってしまうのか。管理会計の強みと弱みについて認識してもらうことは、Eurekaの読者の大半を占める実務家の方々にとっても有益ではないかと思う。

目下の米国での管理会計研究の大きな流れのひとつは、売上、利益、投資利益率などの財務情報を金科玉条とする従来の経営管理手法は多くの問題を引き起こしているという反省から、むしろ、品質、納期、顧客満足、社会的責任などの非財務情報をマネジメントコントロールに積極的に活用せよ、というものである。管理会計研究者たちが、本来、拠って立つべき管理会計情報の限界を躍起になって実証する姿を見るのは複雑な気分だが、管理会計の持つ危険性を知らずに濫用する愚をおかしてはならない。会計万能と思われがちな米国で、管理会計がどのように批判されてきたかについて、新旧の二冊を紹介しよう。


H. T. ジョンソン, R. S. キャプラン(著), 鳥居宏史(訳)『レレバンス・ロスト:管理会計の盛衰』(白桃書房, 1992年)

本書は19世紀から1980年代までの管理会計の歴史を批判的に振り返る。科学的管理法をルーツとする標準原価による能率管理や、投資利益率を用いた事業部製組織の管理など、以前は有効であった管理会計は、組織の複雑化、製品の多様化やライフサイクル短縮によってその機能を十分に果たさなくなってきた。それとは対照的に、会計のシグナルを待たず、JITやTQCなどの現場の主体的な活動によって素早く改善を行って問題解決していく日本企業は米国企業にとって大きな脅威と映っていたと思われる。筆者らは、管理会計システムの再構築の必要性を主張した。最先端のトレンドを追いかけるビジネス書と違って、歴史書は古びない。本書では安易な処方箋は示されなかった。それゆえ、当時、この刺激的なタイトルの本が、管理会計の有用性は喪失したのか、管理会計は衰退していくのか、と国内外の研究者たちの間で喧々諤々の議論を巻き起こすことになった。ところで、本書の出版後、ほどなく、著者の一人のハーバード大学教授のキャプランは、ABC(活動基準原価計算)を提唱した。彼は、さらに、1990年代に入って、次なる処方箋としてBSC(バランスト・スコアカード)を開発する。BSCの世界的な大流行が、非財務指標の重視という流れを決定的なものとしたことは言うまでもない。原著が出版されて20年後の今、予言の書としてあらためてこの本を読んでみるのも面白い。

 

J. ホープ, R. フレーザー(著), 清水孝(監訳)『脱予算経営』(生産性出版, 2005年)

2006年に続き、2008年のアメリカ会計学会の管理会計部会の全体セッションで取り上げられ、今、一番、ホットなトピックスが「脱予算経営」である。米国企業の一般的なマネジメントでは、予算の達成度はボーナス評価に極めて強くリンクする。著者たちは、このような予算偏重こそが企業の競争力を低下させる諸悪の根源だと切り捨てる。予算が招く社内政治の事例として「必ず最低の目標値で交渉せよ、そうすれば報酬は最大となる」「削減されたときに備えて、常に必要以上のものを要求せよ」「予算は必ず使い切れ(=残せば取り上げられてしまう)」「予算に含まれていないリスクを冒すのは無駄である。仮にそれがうまくいったとしても上司は独断を責めるだろう」などが挙げられているが、これらは成果主義が浸透してきた日本企業にも少なからず当てはまりはしないだろうか。新聞やビジネス雑誌には、成果主義を廃止する企業の事例が取り上げるようになっていることを考え合わせると、本書の主張は対岸の火事として無視するわけにはいかない。著者たちは予算にとってかわるものとして、徹底した権限委譲や組織文化の重要性を指摘しているが、しかしながら、その部分に対しては、南カリフォルニア大学のマーチャント教授など、反対論者からは十分な根拠がないという批判を浴びせられている。果たして予算を持たずに企業経営が成り立つのだろうか。日ごろから予算にモヤモヤしたものを感じておられる方は、本書に多数掲載されたケースを実際に読んで、著者の主張の妥当性について、自ら判断を下してほしい。

 
アメリカで管理会計の限界が指摘される一方、日本では逆に管理会計のさらなる可能性を示す論調が少なくない。(これまで米国ほどには管理会計が重視されてこなかったことを考えると、管理会計に対してネガティブかポジティブかという議論は短絡的過ぎるかもしれないが。)ここでは優れたシステムを生み出して、管理会計をもっと積極的に活用しようとする日本企業の取組みを扱った実務書と研究書を紹介してみたい。

稲盛和夫(著)『アメーバ経営:ひとりひとりの社員が主役』(日本経済新聞社, 2006年)

挽文子(著)『管理会計の進化:日本企業に見る進化の過程』(森山書店, 2007年)

ビジネス雑誌や稲盛和夫氏の一連の著作を通じ、京セラがアメーバ経営を編み出し、そこでは時間当たり採算と呼ばれる独自の管理会計手法が用いられていることは広く知られていた。本書(『アメーバ経営:ひとりひとりの社員が主役』)の特徴として、これまでの稲盛氏の著書よりも、アメーバ経営の手法をさらにクリアに解説している点があげられる。管理会計を積極的に利用して、末端の社員まで経営に対する責任を持たせることが、目先の収益の改善だけでなく、人材の育成にもつながるという考え方は、欧米の管理会計の議論にはほとんど見られない。経営理念と管理会計を強く関連させるという発想も、稲盛氏の経営者としての経験によって生み出された非常にユニークなものである。アメーバ経営導入に踏み切るにはハードルが高いと二の足を踏む企業も多い。だが、とかく、日本では勘や度胸による投資や、なあなあの運用で予算が目標達成のエンジンになっていないことを考えると、財務指標を経営の重要な軸として活用するアメーバ経営は、自社の経営管理システムの再構築のための大きなヒントとなるはずである。発売と同時にベストセラーになった本だが、まだの方には是非ともご一読いただきたい。

ところで、一橋大学の挽文子教授は、日本企業の多くの管理会計実務が海外企業から移転されたものであるのに対し、アメーバ経営は日本企業が独自に生み出し、進化させてきた優れた管理会計実務と評価している。本家本元の稲盛氏の著書と、学者の視点から分析を行った挽氏の研究書とを比較して読んでみてはいかがだろうか。

 

梶原武久(著)『品質コストの管理会計:実証分析で読み解く日本的品質管理』(中央経済社, 2008年)

最後に紹介するのは、神戸大学経営学研究科の梶原武久准教授が、研究蓄積の乏しいフロンティアに果敢に挑んだ快作である。品質管理は日本企業のお家芸。そもそも、ゼロディフェクトという目標を掲げた時点でどれだけの手間隙をかけても100パーセント不良を排除すべしという特攻精神が強調され、会計による損得の判断の余地はないと考えられてきた世界である。しかし、梶原氏は、品質管理の実務が、過剰な品質を目指して十分なリターンのない無意味なものとなっているケースがあることや、逆に不良品が消費者の手に渡ってしまった後に不良がもたらす場合のコストの大きさを自覚せず、漫然と形骸化した品質管理が行われていることを指摘する。そこからすすんで、本書では、実際には品質を財務的に測定し、経営判断の材料に使っている企業が増えているという実態を示す。そして、品質を財務的に評価することの効果について、アンケートと企業の生データ(アーカイバルデータ)の分析から明らかにされる。たとえ品質問題であっても、財務的に測定すれば、費用と効果の関係が一目瞭然となるという本書のメッセージは、われわれ管理会計研究者にとっては活躍の場が広がり、非常にワクワクする話である。データの入手困難性や分析技法の未熟から、日本の管理会計研究で、企業の生データを分析しているものはほとんどなかったが、梶原氏は見事にそれを行っている。計量的な分析のパートが多く、データに忠実になるあまり、読み手は小難しく感じるかもしれないが、生データの迫力、これぞ研究という醍醐味を味わってもらいたい。議論の組立もすっきりしているので、修士論文の執筆をしなければならないMBAの学生の方にとっては、分析の方法や論文の書き方も学べる良書といえよう。


最近流行の会計本(サオダケ、女子大生、ギョーザとフレンチ…)から一歩進もうと思っても、管理会計を扱った書籍は限られている。加えて、会計知識がないととっつきにくいと思われがちである。しかし、企業で働く以上、予算管理や業績評価から解放されることはない。管理会計を経理部門が勝手に作る法律、予算を空から降ってくる税金として受身に捉えたり、トレンドに流されて新しいコントロールシステムが登場するたびに中身もわからぬままに導入しているようでは怪我のもとである。経営体制の強化には、管理会計の立ち位置、すなわちどんな目的には使えて、どんなものには使ってはいけないのかを理解しておく必要がある。皆さんのイマジネーションを刺激し、優れた管理会計実務を生み出すためのインプットとしてこれらの本にチャレンジしてみてほしい。

(Copyright © , 2008, 三矢裕)